第387話 蝸牛の舌 4-1 サラティスの屋台街

 体格のちがうドレイソよりまともに殴りつけられ、ニアムは鼻血を吹き出して草むらへぶっ飛び、一撃で気絶した。


 ドレイソはそのまま草むらへ分け入って、仁王立ちにニアムの上へまたがると、屈みこんでその胸ぐらをつかんだ。


 「この……ガリア遣いめ……生意気な……!!」

 眼が血走り、顔がひきつっている。


 ニアムが完全に気を失っているのを知ってか知らずか、そのまま上着のボタンを引きちぎり、力任せに下着も引きちぎって胸元をあらわにする。こぶりの、少女めいた胸がふるえ、ドレイソはそのまま剣を打ち捨て……すべての衣服をはぎ取ったニアムにガリア遣いへの憎しみと、この二年のバソでの鬱憤の全てをぶつけ、一刻近くもなぶりに嬲って、嬲りつくし、そのまま華奢な首を絞めて殺してしまった。ドレイソとニアムの体臭、何度も排出された男の体液と鼻口や千切れかけた左肘よりあふれるニアムの血のにおいが草いきれに混じって、陰惨淫靡いんさんいんびな悪臭が立ちこめている。


 ドレイソは我へ帰ると、慌てもせずに粛々と服を着た。関節がねじれ、白目をむき、血泡を鼻口より噴いてき殺されたカエルみたいな死体を一瞥いちべつもせずにその場へ打ち捨て、何事も無かったかのように旅を再開した。



 4


 古代旧帝国時代より続く由緒正しい城塞都市国家サラティスは、街道の先の大平原の真ん中に、忽然と現れる。高さ三百キュルトはある城壁の偉容は、現在も健在どころか、二百年ほど前にすべて作り直され、拡張されたというのだから、むしろ新しい。当時は人間の軍団を阻止していたが、いまは竜の侵攻を食い止める最前線だった。


 正門でバソ村より発行された身分証書を見せ、入城を許されると、ドレイソは興奮した。久々の都会の空気だ。人々が行き交い、ウガマールの言葉も聞こえる。妙に訛って聴こえるサラティス語は、ラズィンバーグの人間だ。


 ある種、北方的な陰鬱さに支配されているストゥーリアとも全く異なる開放的な雰囲気と高く乾燥した気温、街の真正面にそびえる不思議な塔の存在が印象的だった。


 「あの塔が、市庁舎なのか?」


 大通りで、手近の屋台のおばちゃんに話しかけた。バソ語はほとんどサラティス語なので、意思疎通は余裕だ。


 「ちがうよ、市庁舎は塔の向こう側さ。移民の登録かい?」


 ちょうど昼飯時なので、ドレイソはその屋台で、素朴な窯焼き薄パンへ羊の串焼き肉を挟んだウガマール料理を一つ買った。


 「まいどさん」


 さっそくかぶりつく。羊はバソでは飼っていないので、珍しい味だった。使われている複雑な香辛料も、初めてだ。


 「うまい」

 「そりゃよかった」

 「おばさんは、ウガマールの人?」


 聞いてはみたが、そうは見えなかった。ウガマール人はもっと色黒で髪も真っ黒な、いわゆる南方人だ。おばちゃんはどう見ても、灰色の眼に薄茶色い髪の、日焼けして色黒ではあるが、ふつうのサラティス人だった。


 「ちがうよ。ウガマールから来た親方に習ったのさ。サラティス人好みに工夫してあるから、食べやすいよ。ウガマールじゃ、もっと辛いんだ」


 「へえ……」

 ドレイソが食べながら、本題を切り出した。

 「ところで、竜退治の組合というのは……」

 「ああ……」


 屋台のおばちゃんが水甕みずかめより水を汲んで手をすすぎ、清潔な布巾で拭きながら通りまで出てきてくれた。


 「塔の近くに建物があるよ」

 「あの塔は、なんなんだ?」


 「古い塔で、王国時代からあるんだ。王様や、金持ちや、貴族の使っていた時代もあったけど、いまは……誰も使ってないはずだけどね」


 そこへ、隣の屋台の親爺が、あわてて身を突き出し、

 「おい、何を云ってるんだ、あそこは、ほれ、例の……」

 「ああ……あ、ああ……」


 親爺にたしなめられるように云われ、おばちゃんがうなずきながら口をつぐむ。

 「ああ……ま、とにかく、竜退治の事務所は塔の近くにある。コルテっていう名前だよ」


 「コルテ?」

 「意味はないよ。そういう名前さ」


 ドレイソは礼を云い、歩きながら羊の串焼きを挟んだパンを食べてしまうと、塔へ向かった。着いてみると塔は高い塀に囲まれ、門はがっしりと閉ざされていた。見える範囲へ眼をやると、塔から続く館の部分を改装している。つまり、敷地内では建築工事中だった。

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