第381話 蝸牛の舌 1-2 居すわるガリア遣い

 伸びた牧草を踏み分け、竜へ向かってむしろ走る。素早い動きと火さえ封じれば、勝てる相手だ。


 一気に懐へ入り、ガリアを振り上げた。後ろ足を指ごと切断する。鋼鉄をも引き裂く竜の爪も、ガリアにかかってはバターのごとく切れた。


 血をふりまいて竜が身をよじり、バランスが崩れる。ラカッサはすかさず真上へ水カッターを噴射し、片翼を切り裂いた。風を受けていた左の翼に切れこみが入って、硬くしなやかな、鋼の武器では傷もつかない竜の皮膜が裂けた。揚力が逃げ、軽騎竜は強風にひっくり返って牧草地に叩きつけられた。


 「いまだ!」


 ラカッサが躍りかかり、ニアムも続く。暴れる竜めがけ、冷徹にガリアをふるう。ただでさえガリアは竜の鱗をたやすく裂くが、ラカッサの水圧カッターがさらに切れ味を増す。加えて、ニアムの凍結力が、ラカッサのガリアに加わって、切り裂かれた肉、吹き出る血液がたちまち凍りついた。


 竜も火を噴き上げながら暴れに暴れるので、油断をしていたら逆襲される。離れては斬りこみ、斬りこんでは離れ、水圧カッターや、それを凍らせた氷弾攻撃をやっているうちに、失血でさすがの竜もぐったりしてきた。


 「ここが正念場だよ」


 九つも年上のラカッサ、さすがに場数をふんでいる。ここで気を抜いてのこのこと接近し、断末魔の抵抗で殺されるガリア遣いも多い。


 「最も注意するんだ」

 「わかった」

 ニアムが素直に従う。


 二手に分かれ、慎重に接近する。ニアムが後ろへ回り、ラカッサは竜の視界から外れるように死角へ迫ったが、竜は死にかけながら、喉と胴体を鳴らして首を動かし、二人をけして視界から外さなかった。二人が身構えると竜も身構えるため、ここにきてトドメを打つ手がない。このまま時間をかければ、いつかは竜も死んでしまうのだろうが、そこまで待つというのもつらい。竜の生命力からすれば、三日も五日もかかるやもしれない。とうぜん、つきあいきれぬ。


 二人は目配せし、なんとか一気にとどめを刺そうと思案した。

 風が少し弱まった。

 午後の強い日差しが、照りつける。


 やおら、ラカッサがガリアである曲刀の先から竜の顔めがけて水を噴射し、さらにニアムが冷気を飛ばしてそれを凍らせた。


 竜は目の周りが凍りついて視界を奪われ、さらに眼球までも凍って、火を噴いてのたうった。そこを一気にラカッサが切りかかって、一瞬の間隙をぬい、一撃で大きな竜の頭を落とした。


 「や、やった!」


 ニアムが歓声を上げ、まだ緊張を解かないラカッサへむけて駆けよろうとしたとき、首のない竜がいきなり暴れだし、ニアムを襲った。


 ラカッサが竜の太い胴体を水圧刃をまとった刀で両断し、ニアムをだきかかえて草原に転がったのは、まさに間一髪だった。


 竜がさらに暴れ、血を吹き出し尽くして動かなくなるまで、ラカッサは小柄なニアムを抱いたまま地面へ横たわっていた。竜が完全に沈黙し、ようやくラカッサは起き上がった。ニアムはラカッサの体臭と体温を感じ、動悸と汗が収まらなかった。


 「気を抜くんじゃないと云ったじゃないか!」

 「ご、ごめん……」


 ユホ族特有の薄褐色の肌が、紅潮していた。ニアムはうるんだ瞳を見られまいと目を伏せ、立ち上がろうとしたが、腰に力が入らなかった。


 気温は高いが、風が心地よい。牧草の香りがした。



 こうして、見事に依頼を果たし、報酬として三人がバソ村よりカスタ金貨三十枚を得たのが、九か月前のコロムテス帝月で、昨年の夏の盛りだった。それから冬を越して年が明け、セポンヌ帝月の初夏となっても、まだ三人は村にいた。



 2


 バソ村は、パウゲン連山の麓にあり、都市国家であるサラティスとストゥーリアをつなぐ連山越え街道の、サラティス側の要所だった。加えて、連山より吹き下ろす強風によって竜があまり現れず、家畜が襲われないので牧畜が盛んだった。サラティス平原では、ほとんど牧畜が竜の被害で壊滅しているため、貴重な食料供給源だった。さらに、温泉もあって旅人に重宝されている。


 竜があまり出現しないとはいえ、皆無ではない。現に、何の拍子か年に数頭は現れる。これは、サラティス近郊のほぼ十分の一だった。


 逆に、サラティス近郊では、サラティスへすぐにガリア遣いを雇えに行けるが、バソは徒歩で五日から七日はかかるため、そうもゆかない。ラカッサ達三人は、たまたまサラティスへ加工肉を卸しに行っていた村の者へ、ダブリー村長が伝書鳩を飛ばしていち早く雇うことができたのである。

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