短編「蝸牛の舌」

第380話 蝸牛の舌 1-1 竜退治

 1


 「そっちだ、回りこむんだ!」

 風の強い日だった。

 盛夏の、強い日差しだったが、風のせいで気温はいくぶんか和らいでいる。


 丘陵地帯のよく草の伸びた牧草地で、ラカッサがそう叫んだ。ベルケーラの予知のガリアをもって、今日この時間、希少なバソ牛を襲う軽騎竜を待ち伏せすることができた。ベルケーラのガリア「竜検知りゅうけんち三角縁さんかくぶち青銅盤せいどうばん」は、戦闘用ではないので、じっさいに退治を行うのは二人しかいない。しかし、ラカッサとニアムの二人は、ベルケーラと組んで、これまで何頭も軽騎竜を退治してきた実績がある。その実績を買われて、そのバソ村の竜退治を請け負うことができた。


 「サラティスで、竜退治の組合ができて、よかったよ」


 さいしょは、誰もがそう思った。それまでは被害者が個別に竜退治を依頼し、ガリア遣いが個人で請け負っていたので、金とコネの無い者は竜にいいようにやられていたし、ガリア遣いのほうも、一部の「凄腕」に退治を独占されていた。「凄腕」の手下になってほそぼそと雑務のような退治を行う者もいたが、たいていのガリア遣いはプライドが高くてそれを許さず、不満がくすぶっていた。数年前にそれらの状況を一新すべく、都市政府が重い腰を上げたのだ。


 「しかし、裏で動いたのは、竜の国から来たやつという噂だ……」

 そういう話もあった。

 「ま、それは、あたいらにゃ関係のないことだよ。金を貰えればそれでいい」

 「ちがいないね」

 ラカッサたちも、こうして、その恩恵にあずかっている。


 ラカッサのガリア「水噴殺すいふんさつ細身曲刀ほそみきょくとう」は片手持ちの細い曲刀であり、今や竜属の地となった国の伝統武器の片手湾曲刀に似ている武器で、鋭く水を噴出し恐るべき切断力を発揮する。


 いっぽう相棒であるニアムのガリア「ひょう雪華せっか双牙そうが短剣たんけん」は、両手に持つ短剣で、氷結の力で相手を傷口を凍らせる。水と凍結のこの二人が組むことで、さまざまな戦い方ができる名コンビと云えた。


 「風が強い、流されてるよ、そっちへ回って!」


 二十八歳のラカッサはベテランのサラティス人で、三人の「かしら」を務めている。日焼けした浅黒い肌と後ろで結んだ茶色がかった黒髪の、体格の良いふてぶてしい下町の女だった。十九歳で妹分のニアムは、ラズィンバーグ近郊の少数部族ユホの出身で、小柄な薄い褐色肌に、こちらは漆黒の髪をゆるい巻毛にして短くそろえている。ラズィンバーグ周辺諸部族の特徴で、整った顔立ちに薄碧うすみどりの瞳が印象的だった。


 二人の頭上を、風をその翼いっぱいに受けた軽騎竜が低空で流れてゆく。

 「叩き落すんだ!」


 飛び道具のガリア遣いがいれば落とせるが、曲刀と短剣ではなかなか難しい。しかし竜は人間相手に、そう簡単には逃げないのだ。たとえ、相手がガリア遣いであっても。なぜなら、抵抗する明らかに弱い獲物から逃げる動物は、あまりいない。竜を追っ払うには、よほどのガリアを遣わなくては。


 短剣を右手は順手で、左手は逆手で構えたニアムが、剣を「冷やし」にかかる。ガリアであるから容易に竜の鱗を貫通し、なおかつ凍結して組織を破壊する。叩き落さずとも、小柄なニアムは手ごろに見えたのか、軽騎竜が長い胴体をくねらせつつ、大きくてシャープな翼の角度を器用に変えて風を逃がし急減速しつつ急カーブをかけ、ニアムと対峙した。その前足の、人間など触るだけでズタズタにする竜爪をかざし、細い鼻づらをがっぱりと開けて迫る。牙が光った。


 「ニアム!」

 ラカッサが走る。

 竜の炎が吹きつけられた。


 ニアム、ガリアの冷気短剣を振りかざし、炎を切り裂いた。熱で空気中の水蒸気が凍った結晶が蒸発し、小規模な爆発が起きる。同時に軽騎竜がニアムの頭上を通り越し、風に乗って距離をとった。そのまま翼を使って再び急ターンをかけ、再度ニアムへ襲いかかる。やはり、逃げる気はないようだ。


 その時には、ラカッサが追いついていた。曲刀の刃が水にぬれる。バッサバッサという音も豪快に、今度は風上へ向けて竜が迫ってくる。好機! 動きがにぶい。


 雄たけびをあげて、遠間よりラカッサが刀を振りつけた。弧を描いて水カッターが竜へ飛ぶ。竜は本能でその威力を察知し、蝙蝠めいて巨体をひらりひらりと風へ乗せ、連続して竜を襲う水カッターをかわし続けた。


 ラカッサが舌を打つ。あくまでガリアの遣い方の応用であり、飛び道具そのものではないので、狙いが定まらない。そこを稽古するかしないかで、ガリア遣いとしての実力に違いが出てくるのだが、それは、また別の話である。


 逆風を翼いっぱいに受け、軽騎竜がまるで空中停止しているように見えた。蛇めいた胴体をくねらせ、四肢の竜爪を開き、牙をむいて威嚇いかくする。火は逆風で自らに押し戻される可能性があるので吹かない。軋んだ叫び声と胴体を共鳴させて鳴る雷鳴のような音が、風音にまじって不快な音響を轟かせた。


 ラカッサはそれを待っていた。

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