第379話 エピローグ ガリウスの救世者

 視線を移したホルポスが小さく可憐な手を上げ、カンナがそっとそれを握る。


 カンナは、自分でも、どこからそんな感情がわいてくるのか全く分からなかったが、この竜の少女がとても愛おしく感じ、微笑んだ。


 「そうよ。ラドホルポスヴャトヴィトプスクス」


 カンナが滑るようにホルポスの真名まなを云い、当のホルポス以外の全員が驚いてカンナを見つめた。


 「ガリアムス・バグルスクス様……」


 ホルポスの、泣きそうな声。まるで二人にしか知りえない世界の秘密を語っているかのようだった。二人が、微笑みを浮かべ、しばし見つめあう。バグルス達は茫然と、二人を凝視した。


 (西方古代帝国の神話……ガリアムス・バグルスクス……バスクスの語源……意味は……究極のバグルス……バグルス完成体……真のバグルス……そして……ガルの……いや、竜皇神ガリウスの救世者……)


 パオン=ミは、半眼となってカンナたちを見つめ、苦虫をかんだような顔で、いつまでも反芻はんすうした。



  ∽§∽


 (聴こえる? スティッキィ?)


 追手の雪花竜せっかりゅうと兵卒バグルスをすべて倒したスティッキィは、遠目にカンナやホルポス、そしてパオン=ミたちを見据えた。やや高台の、林の中からだった。カンナの力と大規模雪崩には驚いたが、雪崩は、幸いにもスティッキィのいる高台を避けて流れた。


 (聴こえるわ……マレッティ)


 そのスティッキィ、マレッティからの、テレパシーというべきなのだろうか、ガリアを通じた「声」が、はっきりと聴こえた。


 (やっぱり、ホルポスがそっちをじっさいに攻めたのねえ……)


 (そうだけど、カンナちゃんが、一人で竜どもを倒したどころか、ホルポスをまるめこんじゃったみたいよお)


 (意味わかんない)

 (そっちはどうなのお?)


 (全滅よお。フルトどもは、半分以上は死んだわ。作ったばかりのヴェグラーは、早々に壊滅的な被害よお)


 (これからどおするのよお?)

 (知らないわよお。アーリーに聴いたら?)


 スティッキィは、身の振り方を考えた。いくらホルポスがカンナの味方となったといっても、仲間をいやというほど殺されたヴェグラーが、すなわちスターラが素直にそれを歓迎するとも思えない。アーリーはいったい、カンナやホルポスをどうするつもりなのだろうか? そのとき、自分はどうしたらよいのだろうか?


 (……キィ? スティッキィ? 聞いてる?)

 (聞いてるわよお)


 (とりあえず、スターラで合流しましょう。ホルポスやバグルスどもは、つれてこなくていいから)


 (ま、そうなるわよねえ)

 (じゃ、あとでね……)

 マレッティの「声」が途切れた。

 スティッキィはその蒼く澄んだ目を細めた。その眼の底の闇を、隠すかのように。


 (……やっぱりあたしは、カンナちゃんの手下にしてもらおうっと。あんなのに、人間が勝てるわけないのもねえ。逆らうだけ、無駄だわあ)


 スティッキィ、カンナ達のいる場所を目指して、高台から尾根ぞいに下り始めた。


 日差しがゆるやかに差し、まるで春のような天気だった。空が澄んで蒼く、雲が薄く白い。


 見知らぬ鳥が、鳴いている。



 第4部「薄氷の守護者」了

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