第378話 第3章 6-3 ガリアムス・バグルスクス

 カンナが我へ返ると、ボルトニヤンとシードリィが深くカンナへぬかづいていた。


 ボルトニヤンの腕の中には、血色を取り戻したホルポスが、穏やかな寝息をたてている。


 「え?」

 困惑しきって、ひきつった顔で、カンナ、固まるほかはない。

 「のんきなやつじゃのう!」

 パオン=ミは両手を腰に当て、その日で最もあきれ果てた表情をした。

 「パ、パオン……これって……?」

 「こっちが聞きたいわ、たわけ」


 高完成度バグルスにくわえ、凶悪的な氷河竜、それに生き残った竜たちがこぞって自分へ平伏しているのを目の当たりにし、カンナは恐ろしくなって、急にガタガタと震えだした。


 「こっちが震えてくるわ……」


 あの人知を超えた力を無意識で発していると分かり、パオン=ミは内心寒気でたまらなかった。カンナが、自分で制御できていないのだから。ホルポスの二の舞にならない保証はない。


 と、雪面へ額をつけたまま、ボルトニヤンが言上した。

 「偉大なる主上しゅじょう、ガリアムス・バグルスクスに申し上げます」


 カンナはびっくりして、硬直した。聞き逃さなかったパオン=ミは息をのみ、その言葉を反芻した。


 (ガリアムス・バグルスクスだと……!?)

 ボルトニヤンが続ける。


 「このたびの御恩に報いるため、北方種の竜属は、我らが主ともども、全て主上の麾下きかに入ることをお誓い申し上げます」


 カンナは云っている意味が理解できず、ただただ戸惑うのみだった。パオン=ミが音を鳴らして唾を飲む。


 (いやはや、いま、意識が戻ったのであれば、唐突すぎてさもありなん……しかし……そのようなこと……)


 パオン=ミも、震えが来た。いま、恐らく、竜と人の世界の歴史を変える瞬間に立ち会っている。


 カンナは怯えて、蒼白のまま両手で口を覆うのみだった。

 仕方なく、パオン=ミが前に出た。何度も咳ばらいをし、


 「我はカンナが宿老しゅくろう、パオン=ミである。我が主に変わり、そなたらへ申しつける」


 カンナがさらに驚いて硬直したが、パオン=ミはカンナの肩をたたき、小声で「まかせておけ」と云うや、またボルトニヤンたちへ振り返った。


 「殊勝なる申し出、我が主はことのほか満足しておる」

 「恐悦の到り……!!」

 パオン=ミは、また咳ばらいした、

 「北方へ戻り、しばし傷を癒しておるがよい。追って沙汰する」

 「はは……!」

 「おもてを上げよ」


 云われ、恐る恐るボルトニヤンとシードリィが顔を上げた。ボルトニヤンは感謝と恐怖と安堵が複雑に入り混じって、何とも云えない顔をしていた。黄色い竜の瞳が、涙でぬれつくしている。


 シードリィは疲労と心労により半死人のようだったが、その残った右目に生気はあった。

 「何か云うてやれ」

 パオン=ミが、また小声で耳打ちし、前へ出るよう促した。

 「えっ……!?」

 「勝負どころぞ」

 「えっ……あ……あの……」


 カンナは、大きく息をついた。死闘を演じたシードリィですら、自分を子犬めいた眼で見つめている。急に哀れに感じた。


 「立ってください」


 バグルス達が顔を見合わせて、静かに立った。ボルトニヤンの腕の中で、ホルポスがねむっている。


 そのホルポスが、薄眼をあけた。

 「……お母さまの歌を聴いた」


 ホルポスがボルトニヤンの心配そうな顔ごしに、青く薄く儚い光に満ちた冬の空を見つめて小さく云った。


 そのか細い声を聴いたとたん、カンナの感情に、これまで感じたことのない切なさと庇護欲求がうまれた。ボルトニヤンに抱かれるホルポスへ近づく。


 「カンナカームィ……貴女だったのね」

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