第375話 第3章 5-4 カンナの猛攻
「わ、私めは氷結の裁定こと、白竜がダール・ホルポス様へお仕えするバグルスのボルトニヤンと申すものでございます。ホルポス様は、ご存じのとおり、未だダールとしては幼く、未熟……その強力なガリアや、ダールとしての力をうまく操作することができません……いま、ホルポス様はガリアを長時間お遣いになり、せめて七日は休まなくてはならないときです。こ、このままでは……!」
上空で、さらにカンナの轟鳴が響き渡り、稲光が影を落とした。ホルポスの音がかき消され、白皇竜の存在が打ち消されてゆく。ホルポスは躍起になって、ガリアを奏でた。
「お、おお……ホ、ホルポス様、おや……おやめくださいまし!」
ボルトニヤンがわなないて、たまらず、上昇しようとした。スーリーを操り、パオン=ミがそれを遮る。
「このままではどうなるのじゃ!?」
「ホ、ホ、ホルポス様は……」
ボルトニヤンが、その黄色い瞳より涙をボロボロと流す。
「半竜化の力が……その幼い肉体を圧壊して……死んでしまいます……!!」
聴くや、パオン=ミが歯を食いしばり、スーリーを上昇させた。ボルトニヤンが続いたが、
「もはや、バグルスの入りこむ余地はない!」
一喝し、呪符をばらまくと炎の壁を作ってボルトニヤンを留める。
パオン=ミは、ホルポスではなく、カンナへ向かった。その眼鏡の奥が蛍光翡翠に輝いて最悪的なまでに凶悪的なガリアの力をあふれさせ、さらにその力を封じこめている器としての肉体の強靭さを見せつけている。ただの人間が、あの衝撃波と電流の荒れ狂うさなかで、無事でいようはずがない。半竜化したデリナと対等に渡り合ったのは、理由がある。
(その、デリナよ!)
パオン=ミは、アーリーより頼まれてディスケル=スタルにおけるデリナの動向を探っていたが、本気で白竜と同盟を結ぶ気配のないことに気づいていた。なので、ホルポスと手を組んだことに驚きと疑義を持っていたのだが、ようやくその理由というか真意がわかった。
すなわち! デリナは、当初よりホルポスを捨て駒にするつもりであった。夏まで待たせて、北方竜軍の実力が半減する時期に攻撃を仕掛けさせ、自らは援護攻撃の手を抜く。アーリーやカンナに撃退されるのは明白である!
また、ホルポスが夏までとうてい待たないというのを見越していた可能性もある。事実、そのとおりとなった。アーリー側の被害も甚大であるうえに、無理をしたホルポスが、いま、自滅しかけている!
どう転んでも、自らはいっさいを失わず、ホルポスが倒れる可能性が高い作戦だ!
「さすがよの。黒衣の参謀……!」
パオン=ミ、感嘆の笑みまで出るほどだった。
しかしそうなると、デリナの狙いが何なのか、気になるところだった。ホルポスを自滅させておいて、自らは何を狙っているのか。せっかく、
「それは、後で考えることか!」
まずは眼前のカンナとホルポスをどう鎮静化させるかだった。両者とも!
スーリーを駆って高度を上げる。黄金のハープを抱えたホルポスは、パオン=ミも見えていないほど集中していた。蒼い瞳が竜のように縦に細くなり、冷気が周囲の空気を凍らせている。ハープの音までもが凍っているようだった。その冷気が、まだ幼いホルポスの肉体をも凍結しかけている! 絹糸めいた黒髪が、どんどん白化してゆく。
カンナは、いまや全身に球電と放射電流をまとい、雷鳴と地鳴りを合わせて練ったような複雑な大音響を持続的に発しながら、ホルポスではなく、あくまで頭上の雲間にいる白皇竜の幻像へ立ち向かおうとしていた。竜皇神がまともに相手をしたならば、たとえ幻像であっても、カンナは無事ではすまないと考えられた。止めなくてはならない。
気合の声をあげ、パオン=ミが呪符を放った。火の鳥となってカンナめがけて飛ぶも、一瞬のうちに音響に打ち砕かれて、近づきもできなかった。事実、あのプラズマ奔流の中に突っこんでゆくのは不可能だ。一撃で黒焦げになるのは必定!
であれば、先にホルポスを止めるか。幻影が消えれば、カンナも鎮まるかもしれない。
急ターンをかけ、やや下方にとどまっているホルポスめがけて降下するも、こちらもだめだ。カンナを睨みつけるホルポスの眼に、パオン=ミは映っていない。なにより、ホルポス自身が半分ほども凍りついている。凄まじい冷気が、自分の乗る竜までも侵していた。
そのとき、カンナが上空で大量の球電を白皇竜めがけて次々と撃ちつけた。
連続して爆風と轟音が一帯を舐める。
カンナは何度も黒剣を振りかざし、さらに連続して強力な球電を放った。一回の攻撃で、十幾つもの球電が数珠つなぎに襲いかかった。いかにガリア遣いであるとはいえ、人間技とは思えないほどの勢いだ。
しかし、白皇竜は雲の間に隠れつつ、氷の分厚い楯を一瞬でこれも次から次と発生させ、カンナの攻撃を容易く防いでいる。砕けた氷の粒が熱で溶け、蒸発し、また雨となって降り注いだ。
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