第376話 第3章 6-1 トローメラ崩壊
白皇竜、いまだその全容を現さない。純白の美しい鱗が光り、厚い雲よりその長く巨きな身体が出たり入ったりで、その顔も見えない。カンナは怒り狂って
「ウウウウウ!」
眼鏡を通し、カンナの眼が翠に光った。サイレンめいた唸り声が黒剣の共鳴を通じて増幅され、特大の球電が出現する。閃光が周囲を照らし、鳴動が大気を震わせてスーリーを押し下げた。この共鳴は、そもそも竜がたいへんに嫌がる。
カンナは極大まで肥大化させた球電を一気に引き絞り、矢のようにして解放した。光の筋が一閃して、白皇竜へ突き刺さる!
閃光が雲を引き裂き、遅れてすさまじい爆裂音がパオン=ミとスーリーを襲った。そして衝撃波だ。
白き竜神がもし本物ならば、いったいどうなったかはわからない。だが、いま、幻像の竜神は粉々に砕けて、霧散して消えた。なぜなら、ホルポスが真っ逆さまに落ちて、ガリアも消えてしまったから。
パオン=ミは大量の呪符で炎の防壁を作り、なんとか衝撃に耐えた。それでも、スーリーは気絶しかけて失速し、かなり降下した。
「スーリー、起きろ、スーリー!」
ディスケル=スタル語で叫び、スーリーが目を醒まして、再び上昇する。カンナを探したが、その姿がどこにもない。まさか、落ちてしまったのか。
と、別方向からすさまじい地鳴りが! パオン=ミが振り向くと、トローメラ山の頂上より大量の雪崩が斜面を走っていた。カンナが無尽蔵に放つ音響を受け続け、ついに耐えられなくなったのだ。
山体崩壊めいた大規模雪崩は、勢いを失わずに斜面をなめつくして、次々に山麓の北方竜たちをのみこんだ。生き残った飛竜たちが驚き、叫びながら逃げ惑う。
その一端が、洞穴陥没の現場まで迫った。
パオン=ミは成す術もなく、巨大な雪崩が竜やホルポスたちを覆いつくすのを眼下に眺めた。
6
輪を描きながら慎重に降りてゆくと、雪崩の下より竜たちがごそごそと出現するのが分かった。さすが、北方種の竜たちは、この程度の雪崩でも平気なのだろうか。
「いや……」
雪原竜ほどの頑丈さがあると、まだ無事なのが多かったが、それ以外の竜はいつまでも這い出てこなかったので、毛長や凶氷竜たちは、雪崩に遭ったものはほぼ全滅したようだ。
問題はホルポス、そしてカンナだ。
ゆっくりと低空を飛び、雪崩の止まった上を凝視していると、一頭の飛竜と、あのバグルスがいた。急いでスーリーを近くへ下ろす。雪面へ飛び降りたが、雪崩の跡はまるで深雪で、膝近くまで埋まってしまった。なんとか雪をかき分けながら、ボルトニヤンが泣き叫んでいるところまで接近する。
そのパオン=ミの横へ、氷の棘鱗におおわれた氷河竜が、巨体を見事に着地させた。雪を踏みしめ、まるで猫みたいに急いでホルポスへよりそう。
パオン=ミもそれへ続き、駆けよった。
「む……」
パオン=ミ、おもわずうなる。
雪の上へ正座のように座るホルポスは、もはやその華奢な身体の半分以上が凍結し、がたがたと震える手も音を立てて凍りつきはじめている。半竜化の力が、まだ幼いホルポスの肉体よりあふれ出て、ホルポス自身を侵しているのだ。
(こやつは、白皇竜の孫と聞く……子より血は薄く肉体は弱い……)
旧帝国域の竜皇神は、実体として既に現世より去っているので、じっさいは、生物的な親子関係ではなく魂魄の継承とそれに伴う血肉の覚醒にあたる。ただ、ダールの子や孫ほどまでは、その力が続く場合が多い。
(それなのに、あれほどの力……元より拮抗を崩しており、危うかったか……)
パオン=ミ、そこをつけこむデリナの狡猾さに、今更ながら寒心した。
ボルトニヤンは半狂乱となって、どうしてよいかわからず、ホルポスの前で同じく膝をつき、
「ああ……お助け……誰かお助けえ……!!」
と、悲壮に喚くのみだ。いまにも抱きしめ、自らの体温で融かさん勢いだが、抱いた瞬間にホルポスが折れてしまいそうで、それすらできずに、眼前でホルポスが死にゆくのを見ているだけであった。
「ああ……どなたか……誰でも……!!」
パオン=ミは、自らの発することができる限りの火華呪符を出し、ホルポスの周囲で発火させた。
そこで初めてボルトニヤンはパオン=ミの存在へ気づき、一縷の望みをもってその炎をみつめる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます