第373話 第3章 5-2 竜毛絃幻像金小箜篌

 果たして、カンナは無事なのだろうか。

 しかし、他人の心配をしているときではないようだ。


 巨大な氷河竜が、翼をはためかせて、すさまじい速度で向かってくる。冷凍ガスを吐きつける化物だった。さらに、その後ろには何十という大小の飛竜がいた。そして、パオン=ミはトローメラ山から近づく気配を察知した。特別に毛並みの美しい吹雪飛竜の背へ、鞍もつけずに直乗りで竜を操っているたなびく黒髪の子供……。


 「あれが、ホルポスか……」


 スーリーへ指示を出し、鐙のない直足で胴を叩く。スーリーがひるがえって急降下し、回りこんでホルポスへ向かったが、たちまち探知され、すさまじい数の飛竜が啼き叫んで間へ割って入った。たまらず、急旋回して逃げる。距離を保つと、飛竜たちはそれ以上追ってこない。地上を見ると、川のようになって雪原竜たちが雪を踏みしめ、崩落現場へ向かっている。パオン=ミはゆっくりと周囲を注視しながら降下して、カンナを探した。傷ついているのなら救い出し、逃げなくてはならない。


 近づくと、木々を巻きこんで茶色い土砂がすり鉢状に凹み、まだずるずるとゆるやかに流れている。岩石の上に土砂が溜まり層を成していたものが、崩落と共に流れたのだ。


 「カンナは、どこだ……!?」


 探したが、分からない。崩落した場所の上空を飛竜が螺旋を描いて舞って、あまり近づけなかった。やがて、氷河竜が風を切ってゆっくりとその巨体を降ろしてゆく。その氷河竜と比べても、陥没した洞穴がいかに広大な範囲だったかが分かった。降りるにつれ、氷河竜は見る間に点となった。これでは、カンナなど探せようはずがない。


 氷河竜が、茶色い一面の土砂の中で白く光っている点めがけておりて行くが、その白い点を中心に土砂が爆発したのはそのときだった。


 ボッ、ボオッ、ボン! 連続して土砂が吹き飛び、跳ねあがって、最後に大爆発とともに何かが飛び出てきた。瞬間、大轟鳴! 耳をつんざいて超々高圧電流が空気を引き裂く音がして、閃光が瞬いた。スーリーが音圧を食らって失速する。あわててパオン=ミが立て直したが、飛竜たちはそのまま墜落した。


 「ううああああ!」


 狂気じみたカンナの雄たけびが、氷河竜へ突き刺さった。氷河竜も着陸間近で音響と雷撃をくらい面食らったが、そのまま冷凍ガスを吐きつける。電流がガスを弾き、ガスは電流を拡散させ、爆発して両者は離れた。


 そこへ、ホルポスがつっこんでゆく。

 「あんたは離れなさい、あんたがかなう相手じゃないから!」


 そういうホルポスの両手には、抱きかかえるようにして黄金の竪琴があった。彼女のガリア「竜毛絃りゅうもうげん幻像げんぞう金小箜篌きんこくご」だ!


 あの小型ハープで、どうカンナを相手に戦うというのだろうか!?


 氷河竜が薄氷を剥がしながら翼を大きく動かし、上昇する。ガリアの力で浮かび上がっているカンナが、音響圧でさらにそれを追って跳ねあがる。雷鳴が雲を呼び、雲が雷鳴を呼ぶ。上空がにわかに暗くなった。暗雲は渦をまいて、渦の合間に稲光が走った。


 カンナが全身より電流を放射した。いや、電流が翼となってはためいた。地鳴りがトローメラ山一帯を覆った。それは、山体の地下が鳴っているのではなく。カンナが山と共鳴し、周囲一帯が表層的に鳴っていた。


 「これは……!」


 パオン=ミは、スーリーを上昇させ、なるべくカンナへ近づいた。いつでも救出できるように。


 氷河竜とカンナを追って、ホルポスも高度を上げる。ホルポス専用に育てられた吹雪飛竜が、その翼をうまく風へ乗せた。既に渦巻く暗雲より吹き付ける乱気流によって、並の飛竜では近づけない。氷河竜もカンナより逃れながらも、その巨体が流されて失速しそうになる。


 「……バスクス……怒り狂う雷竜……わがガリアの音を聴くのよ!」


 ホルポスが、ハープを奏でた。風のうなる音と地響きめいたカンナの共鳴を飛び越えて、耳に和音が突き刺さった。この音に、パオン=ミも驚く。十二音階でいうならば、ドとソの音の幅、つまり五度の音程の二音が、その幅のまま上下に旋律を奏でる。すなわち完全五度のこの音程は、竜属の国で竜を従える楽器や特殊な発声に使用されているものだった。


 とたん、カンナの周囲に様々な飛竜と氷河竜の大軍勢が現れた。すべて幻像である。それはパオン=ミにも、見えた。


 さらに、暗雲の渦の中央より、ひときわ大きな、全長が一千キュルトはあろうかという超巨体が、うっすらと影を作って見えた。


 「そんな……まさか……ありえぬ……!!」


 パオン=ミが、愕然と硬直し、スーリーごと墜落しそうになる。この神威! これはまぎれもない、


 「白皇竜……北の守護竜皇神……生きて……いたのか……!?」

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