第372話 第3章 5-1 ホルポス出撃
次々にパオン=ミが呪符を飛ばしつけた。
それが煙をあげて発光し、軌跡を残してシードリィを襲う。
竜のうなり声をあげ、狂気的な形相のシードリィが牙をむいて左手を振ると、振動が空間をゆがませ、呪符を全て粉砕した。
「なんたるバグルス!」
パオン=ミも鼻面をしかめる。
「ウ……ヴ……ウ……!」
シードリィの声と、振動波の空気を震わせる音が雑じる。カンナは再度黒剣を共鳴させようと身構えた。シードリィも左手を前にして、腰を低くし、跳びかかる体制で身構えた。その左手、自らの発する振動で指先の竜爪が細かく崩れはじめている。
きっと、肉体的限界を超えはじめているのだろう。そこまでして、バグルスはどうして戦うのか。
同情している場合ではない。カンナも、シードリィへ集中する。通奏の極低音が洞穴を揺るがし、シードリィとの共鳴が響き渡った。音が反射して増幅され、シードリィは全身の細胞を揺さぶられている感覚になった。
「ギィ……!!」
耳が侵される。シードリィは片腕で頭を抱え、苦しんだ。パオン=ミですら、耳を抑えてカンナより離れた。
(なんたる力……これがアーリー様のおっしゃっておった、バスクスの力か……)
共鳴に引きこまれ、精神を崩されそうになる。パオン=ミはスーリーのいる小路へ逃げた。スーリーが心配だった。
カンナの眼が蛍光翡翠に光りだした。とうぜん、全身より稲光がはじけ出る。
共鳴が洞穴全体を内部より圧迫し、膨れあがった。石柱が崩れ、天井より岩石がぼろぼろと崩落する。
「グァアーッ!!」
シードリィが耐えられずに、のけぞってひっくり返り、のたうって身悶えた。たまらず地面をかきむしり、振動波で岩を融かし熱泥の中へ逃げこもうとするが、振動波自体がカンナの共鳴に打ち消され、ただもがいているだけだった。爪が折れ、血が噴き出て岩肌を赤く塗った。
「うぅああ!」
カンナが雄たけびを発し、もがくシードリィめがけてとどめの巨大球電を叩きつけようと黒剣を掲げた瞬間、洞穴の天井自体が一瞬地上めがけて膨れ上がり、それからごっそりと崩落した。
5
なだらかなトローメラ山の山腹の一角で、突如として土煙があがり、爆音が轟いた。地震めいて山体がグラグラと揺れ、食後のパウンドケーキを食べていたホルポスは驚いてその蒼い眼を丸くする。
「なんなの!?」
「確かめてまいります」
あわててボルトニヤン、外へ出る。山腹の一部が陥没し、大穴が空いていた。まだ真っ黒な煙がたっている。
眼下で、竜たちが動揺していた。
「ま、まさか……」
「どういうこと、あれ」
振り返ると、木のフォークを持ったまま、ワンピースを寒風になびかせて、ホルポスが立っていた。
「なんでもございません。お菓子の続きを」
「なんでもないわけないでしょ!」
ホルポスがいきり立った。ボルトニヤンが身をすくめる。
「バスクスでしょ。カンナがやったのね」
「そ、そんなことは……」
「なんて力……」
ホルポスの蒼い眼が、驚愕と恐れでひきしまった。
「いいわ。あたしにまかせなさい」
いうが、ホルポスは指笛を吹いた。すぐさま、控えていた吹雪飛竜が飛んできて山麓の岩場へうまく着地する。
「おまちくだ……!」
ボルトニヤンの制止を無視してホルポス、その背中へ駆けあがるや、フォークを持ったまま飛び立った。
「もう、シードリィは、なにをやってるの!?」
苛つき、ボルトニヤンも急いで毛長飛竜を呼びつけた。いま、ホルポスにガリアを遣わせるわけにはゆかなかった。
間一髪、呪符を駆使して崩れ落ちる岩石を排除し、スーリーとパオン=ミは空中へ逃れることができた。土煙より飛び出て、火炎鳥の群れを従えて旋回する。
把手付きの竜鞍の上で止めていた息を吸い、山麓が崩壊して陥没した地点を見おろした。
「これは、すさまじい……!」
ガリアの力で、このような大規模な災害を起こすことができようとは、想像だにしなかった。
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