第370話 第3章 4-6 ディスケル=スタル

 「それ、どんなやつ?」


 「すさまじい腕前の格闘術を使いよってな。特に足業が凄い。しかも、ようわからんが熱を使いこなすのよ」


 シードリィだ。生きていたのだ。カンナは奥歯をかんだ。

 「存じおろう奴原やつばらか?」

 「たぶん……」

 カンナはもうきびすを返していた。

 「どこへ参る!?」

 「わたしが、倒し損ねたやつだから!」

 それに、エサペカの仇討ちでもある。

 「一人でやる気かえ?」

 どんどん歩いていたつもりだったが、気づくと、背後にパオン=ミがいた。


 確かに、こんな地下空間でカンナの共鳴の力を全開放したら、自らも生き埋めだ。二人のほうが心強い。


 「お願いします」

 「遠慮はいらぬわ。そもそも、我はそなたの与力よりきとして遣わされたゆえ」

 云いつつ、パオン=ミは不敵に笑っていた。

 「多勢に無勢ゆえ、先般は退却を余儀なくされたが、此度こたびは逆よ……」


 針のように目を細めて、呪符じゅふ白炎はくえんに影をつくり、残忍で冷酷な笑みを浮かべるパオン=ミを見上げ、カンナはかねてよりの疑問を発した。


 「ねえ……竜側の国というのは、ダールとはどういう関係を? いくらアーリーの頼みだからって、あなた、ホルポスと敵対しても大丈夫なの?」


 「そうさのう」

 パオン=ミが、どう説明すれば分かりやすいか少し考えながら、


 「ダールというのは、そもそも仲が悪いのよ。竜皇神同士が、太古よりあい争っておるからのう」


 それは、パーキャスで死んだギロアも云っていたような気がした。


 「我ら側の国では、複数の竜神を祀るのが通常じゃで、竜神同士の争いには基本、加担せぬしきたりじゃ。したがって、ダール同士の争いにも加担せぬ。加担せぬが、こちらを敵として巻きこめば戦うし、旨味があれば味方をするときもある……。ま、しかし、専属のダールがおる国は、やはりなかなか完全に中立というわけには参らぬが」


 「じゃあ、ディ……なんだっけ」

 「ディスケル=スタル」

 「ディスケ……スタラァは」

 「スタル」


 中途半端に舌を丸めて上顎に少しつけ、鼻から空気を抜いているようで、発音が難しい。カンナは舌をかみそうだった。


 「スタ……ルは、じゃ、アーリーの味方をして、デリナやホルポスと戦うことにしたということ?」


 「表向きはな」

 「表向き……」


 「人の集まりは、単純ではないのよ。アーリー様へ従いつつ、デリナを裏で支援する貴族諸侯もおるということ。ガラネルとつながっている土地もある。ましてディスケル=スタルは、いまや絶対親政ではなく、どちらかという連邦諸侯の集まりじゃからな。誰が誰の味方をし、誰が敵対するか。誰が味方のふりをして裏で足を引っ張り、敵のふりをして裏で手助けしてくれるのか……周到に見極めなくてはならぬ」


 話が難しくなってきた。


 「すなわち帝国のなかでも、諸国分裂の有様。まして、ガラン=ク=スタルや、ホレイサン=スタルなどの周辺諸国……聖地ピ=パ……底知れぬ思惑がありすぎて、眩暈めまいがするほどよ」


 カンナは首を傾げた。そもそも、どうしてデリナはサラティスなどの、こちら側の都市国家を竜の軍団で攻めているのだろうか。


 「それは、知らぬわ……」

 聞いてみても、パオン=ミの返事はそっけなかった。確かにそうだろう。愚問だった。

 それより、いまはこの状況だった。

 「この辺であれば、広くて迎え撃つにはよいのではないか?」


 パオン=ミ、右手より次々に呪符を繰り出し、それが闇夜を飛ぶ鳥めいて空を舞い、天井近くで発光した。カンナは目を細めた。様々な形状の鍾乳石も幻想的な、広大な空間がそこにあった。


 「こんな場所……」


 こんな場所を通ってきたのだろうか。まるで気がつかなかった。暗くて見えなかったので、洞穴の様子はわからないにしても、こんな広い空間の中で、反射する音などをまるで感知していなかったとは。反省しなくてはならない。

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