第325話 第1章 4-4 分断

 また、物理的攻撃としては、その爪の刃が振動して鋼鉄をも切り裂く。バグルスの竜爪は、ただでさえ鉄をも切り裂くパワーと硬度を有しているが、その爪が高周波振動で物質を破壊するのだからたまったものではない。人間を殺すどころか、一体で城郭をも落とす力を有している!


 だがその力も、カンナの前に相殺された。カンナの稲妻による電磁障壁が、シードリィの分子振動波を結果として防いでいる。


 (……いまだ!)

 なんだかわけが分からないが、カンナ、本能で攻めに転じた。


 バツッ、バツッと球電が冷気を弾きながら出現する。共鳴がシードリィを捕らえる。ガガガガガッ、激しく空気が揺れ、シードリィが不快さにたまらず耳を抑えた。球電が飛ぶ。素早く避け、次々に雪原に爆発音が轟いた。カンナはすかさず追いうちをかけ、黒剣を振り回して雷撃を発した。それをもシードリィは避ける! そもそもシードリィは格闘戦に特化したバグルスだ。物質振動は応用で、物理的攻撃が本領! 


 逃げながら雪煙を上げて急カーブをかけ、一気にカンナへ向かって雪原を走った。その速度についてゆけず、カンナはたちまち距離を詰められる。そこへ同時に走りこんでいた最後の雪原竜が炎を吹きつけてきた。黒剣が電磁障壁を発して、その炎を弾いた。バッシャアア!! 稲妻がほとばしって、超高電圧に押しつぶされた雪原竜が呆気なくひっくり返る。


 「シィィ!」


 牙の合間より空気を鋭く吐いて、シードリィがカンナの間合いに入った。その甲高い音を発する爪を叩きつける。人間などがくらったら、なますのごとく切り裂かれる。


 しかしカンナの音圧が、その攻撃を止めた。連続して響く極低音の塊がシードリィの動きを止める。のみならず、もはや人の耳には感知できないほどの音域がその聴覚に進入して、シードリィの感覚を狂わせた。ぐらっと天地が揺れ、耳に激痛! シードリィはたまらず離れた。離れざま、再び雪面へ右手を突き刺す。シィバアアア! 雪が弾けて、沸騰し、伸びてカンナを襲ったがまるで方向が違っていた。カンナが球電を叩きつけ、シードリィが避けてより間合いをとる。


 「クソッ……やはり、ただ者ではない……!」

 カンナとシードリィは膠着した。

 (これが……バスクス……ガリアムス・バグルスクス……!)

 シードリィは目を細めた。

 (……かもしれないやつ……)


 カンナは息をつき、しかしなるべく冷静さを保とうとその呼吸を落ち着けた。上空をまだ吹雪飛竜が二頭、鳶みたいに旋回している。雪原竜はすべて倒した。凶氷竜も一頭だけだったはずだ。シードリィはまだ眼前にいる。あと……あとまだ何かいたような。


 (バ……バグルス……普通のやつ……)

 カンナは気がついた。兵卒バグルスが三体ほどいたはずだ。周囲を確認する。

 いない。


 油断無く、その雪光を反射するメガネの下から周囲を確認する。どこか遠巻きにこの戦いを観察しているのだと思ったが、どこにもいない。


 「フフ……どうした? なにを探しているのだ?」

 シードリィめ、余裕をかまして笑みを浮かべた。逆にカンナは冷や汗だ。

 (まさか……ライバ達を……!)


 だとしても、どうしようもない。コーヴ級が数人で一体の兵卒バグルスをやっと倒せると聞いていた。三体では、絶体絶命ではないか!?


 にわかに雪雲がやってきて暗くなり、猛烈な吹雪となった。



 5


 カンナは、死んだフレイラの言葉を忘れていた。可能性が低くとも、カルマ級に強いガリア遣いはいるということを。また、彼女は、デリナにやられてウガマールへ療養に帰ってしまった師とも云えるアートの真の力を観る機会はついに無かった。カルマの下の下の階層である、可能性が40から59までのガリア遣いが所属する「モクスル」でもさらに下の方の、ぎりぎり「バスク」だったアートは、その与えられた使命・運命がバスクスの教導であるため、「竜と戦って世界を救う可能性」は低い。しかし、実力はカルマに匹敵するのである。


 だから、ライバとエサペカがたとえサラティスだったらモクスル級だとしても、必ずしも兵卒バグルスにかなわないということではない。ただ、かなわないかもしれない。まして相手は三体。それこそ、可能性の問題だった。



 五千キュルト(約五百メートル)ほども離れても、カンナの稲妻と雷鳴は、目の前で炸裂しているかの如く迫ってきた。空気が圧され、雪が舞い上がり、立木が揺れる。ライバ、エサペカとも、声も無かった。逃げてきて正解だ、それくらいしか感想もない。


 遠目にも、球電が噴火めいて黒煙と閃光と小稲妻をふき上げるたび、竜の肉体が木っ端微塵にぶちまかれるのも確認できた。


 「……す……ご……」

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