第326話 第1章 5-1 スターラ三大流派

 月並みな科白せりふすら出てこない。それほどの迫力だった。

 ふと、にわかに暗くなった。

 強風に、重圧的な雪雲がごっそりと流れてきた。

 吹雪飛竜たちが、何処かへ避難するとほぼ同時に、大量の雪が降りしきってくる。

 気配は犬たちが気付いた。

 最初は猛然と吠えていたが、やがて恐怖にすくんで置物みたいになった。

 ライバが指笛で金縛りを解いてやり、逃がす。

 発光器の赤色光が吹雪の合間に見えた。

 その数、三体。

 兵卒バグルスが、密かに二人を追っていた。



 工房都市でもあるが、他に武術都市とも呼ばれるスターラは、古代より勇猛な辺境部族が帝国に呑みこまれて地方都市として発展し、連合王国時代に竜側の国と交流があった時期に竜属の土地の武術の技術や理念の流入があって、その後、独自に発展した。一時は雨後の筍のごとく諸流派が乱立したが、百年ほどの間に集合離散、消滅発生を繰り返し、現在は主に「スターラ三大流派」としてカントル流、アーレグ流、新レントー流がある。またこの他にも、規模の小さな独特の流派がいくつかある。


 この中でもっとも規模の大きいのが、総合武術であるアーレグ流だ。大小剣術、弓術、格闘術、槍術、派生の棒術、じょう術に、変わったところでじゅん術や投げナイフ術、投石術、じょう術がある。極めたものはそれらを複数、自在に操り、無類の強さを発揮するが、そのような超達人は現代にはおらず、たいていは一つ、二つを遣う。伝承者・指導者も、術ごとに分かれているのが現状だった。


 パーキャス諸島でカンナと戦ったメストのマウーラは剣術と楯術の遣い手で、それをガリア戦に応用していたというパターン。正確には、剣術のうち、利き手が右手でそれで楯を扱うので、二剣術の左手剣を遣う。


 そのアーレグ流二剣術の遣い手では、エサペカの言にあった、カルマのメンバーだったオーレアがいる。やや薄身の大小の片手剣を自在に操る、パワーより速度を重視した戦いを行う。オーレアに関しては、今後語る機会もあるだろうから詳細は延べないが、ガリアの二剣を駆使し、竜も人も数え切れぬほど倒してきた強豪であった。


 カントル流は細身剣でのフェンシング術に特化した流派で、実戦派であるアーレグ流と異なり、かつて貴族のあいだで隆盛を極めた試合剣術だ。それへ、実戦世界で通用するよう急所攻撃や近接での格闘術が加わったのが裏カントル流である。カントル流では裏カントル流を忌避し、流派の恥、邪道として忌み嫌い、破門(時には手段を選ばず毒殺)するなどして迫害したが、なにせ実戦で絶大な強さを発揮したものだから、カントル流を習いながらも、隠れて裏も習得した者が後を絶たなかったという。マレッティとスティッキィの姉妹も、カントル流を習いつつも密かに裏カントル流も習っていたというパターンとなる。


 新レントー流は、どちらかというと「拳法」「キックボクシング」「組手術」に近く、格闘技術がメインとなる。その応用としての剣や槍、ナイフ等も使うが、メインは徒手空拳で、投げ技もあり、ガリア遣いにこの武術の遣い手は少ない。登場人物では、半年前のサラティス攻防戦で死んだカルマのフレイラや、手甲のガリアを遣うアートが、これを少しかじっていた。つまり、この世界でいわゆる格闘をたしなむものは、すべて多かれ少なかれ当流の影響にあるといってよい。かつてはレントー式格闘(あるいは単に「レントー」と呼ばれた)としてパンクラチオンに近い技術だったが、連合王国解体後の都市国家時代の始めにとある達人が武器拳闘諸流派を総合し、「中興の祖」として新レントー流を立ち上げたという経緯がある。


 さて、エサペカである。


 エサペカは幼いころよりトロンバーにたまたまいたアーレグ流の杖術・棒術遣いにそれらを習っていたが、長じてよりガリアに目覚めたため、ガリアがそのまま白樫の杖として発現した。


 槍術、棒術、杖術ついでに短杖たんじょう術は、外部の者から見ればみな同じようなものだが、微妙に異なる。


 一番分かりやすいのが、得物の長さの違いだ。


 ここでいう槍は、基本的に長槍を意味し、二十から三十キュルトほどもある槍を駆使する。集団で槍衾を作る戦い方もあるが、一人で戦う技術もある。


 棒は二十キュルト以下のもので、穂先のないただの棒を使うが、それへ穂先を付けた手槍類もここに含まれる。遣い手の体格にもよるが、十八キュルトが標準。


 杖というのがもっと短く、十二キュルトほどの棒を、杖と称して遣っている。広げた両腕の長さの中に納まるので、槍や棒と少し異なる運用をするのが特長だった。短杖(または半棒)というのは、スティック術だ。細い棍棒とも云える。


 スターラのガリア遣いには、このように元々何らかの武術を修めている者がガリアに目覚めるパターンが少なからずある。

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