第311話 第1章 1-1 トロンバー

第一章


 1


 「カンナさん、カンナさん!」

 ライバが声を張り上げた。

 「起きてください。起きて、トロンバーに着きましたよ!」


 厚い毛長竜けながりゅうの毛布にくるまれて死んだように眠っていたカンナが、なんとかその眼を開けた。雪の反射した光に照らされて、眼がチカチカする。雪眼というやつだ。夕べは猛烈な吹雪に見舞われて、死ぬかと思った。雪濠に入ってはいたが、ソリを引く犬たちが温めてくれなかったら、間違いなく死んでいた。いまはそのソリに揺られて、厳冬期の森林街道を驀進している。


 道が雪山や倒木でふさがれ、どうしても進むのが厳しいときは、ライバのガリア「次元穴じげんけつ瞬通しゅんつう屠殺とさつ小刀しょうとう」で瞬間移動を繰り返した。しかし、それがまた慣れないカンナはいまだに酔う。その酔いも手伝って、カンナは起き上がれなくなっていた。スターラを出てから三日目だが、二日めから水以外を口にできていない。


 だが、そのおかげで、歩くと七日はかかる距離を、三日で踏破できた。今日は晴れている。眼鏡も凍りついていた。眼鏡越しのまぶしい純白の雪光の向こうに、巨大な青である大きな湖とその畔にあるこじんまりとした町が見えてきた。


 トロンバーだ。


 いまは都市国家スラーラ傘下の衛星都市だが、連合王国時代はポウオザヌ藩王国の首都だった。現在は、なにせ竜属の支配地にトロンバー領が楔のように打ちこまれているので、北方竜の侵攻にさらされ続けてきた。その反面、フルトと呼ばれるスターラのガリア遣いたちによる竜狩りの前線基地にもなっている。木造の建物が多く、人口は三千人ほどを維持していた。


 ゆるやかな坂を下って、竜をも恐れぬ二匹の大型北方犬は、長い斑の舌を出して、一目散にトロンバーへ走った。それを器用にライバが操る。彼女は馬も操れるし、犬もお手のものだった。雪煙が陽光を反射して空気中に散らばり、宝石めいて輝いた。


 家々より暖房の煙がたなびくトロンバーは、北方で最大の湖、ユーバ湖の畔にあり、古くより湖を通して極北遊牧民との交流や、湖での漁業、そして森林伐採でうるおい、賑わってきた。ユーバ湖は東西に細長くおよそ二〇〇ルット(約六〇〇キロ)、南北には最大で一〇ルット(約三〇キロ)ほどの澄みわたった内海で、陸封された独特の生き物が多くいる。幸いにして海竜類の出現はここ数十年であり、この湖にはいまだ出現例はない。いや、云い伝えでは小型の魚竜類が住んでいたともいうが、現在はいない。


 だが、極北より吹きつける風に乗って、今はよく毛長竜が飛来した。竜の出現により、トロンバー人と交流のあった極北遊牧人たちの姿は、ぱったりと見なくなった。


 北方における竜の分類は、サラティスでのそれや、パーキャスでのそれにほぼ準じると云ってよい。


 軽騎竜や海騎竜に相当する、いわゆるいちばん下っ端の、人々がよく見て「竜」という認識で真っ先にうかぶのは、北方では毛長竜であった。上肢が翼となっている飛竜型である毛長飛竜と、四肢で地面を駆ける陸上型の毛長走竜があった。この陸空の毛長竜がフルトたちの狩りの対象であり、肉や毛皮が高価で取引される。ただ、冬に出る分にはよい獲物だが、夏は毛皮も質が悪いし、痩せているのであまり退治されず、田園地帯への被害が大きい。そこを根本から変えるために、スターラで初めての竜退治組織「ヴェグラー」は結成された。飛竜も陸竜も亜種として数種類いるが、まとめて分類されているのも、サラティスなどと同じだった。大きさは、大きくて五十キュルト、つまり五メートルほど。


 北の主戦竜は、四種類あり、雪原竜、吹雪飛竜、凶氷竜そして超主戦竜級として氷河竜で、これもそれぞれ数種類ずつ亜種がいる。これらは、大きさは最大で百八十キュルトほどと、サラティスに出現する主戦竜より一回り大きい。


 雪原竜は巨大な毛むくじゃらの塊といった風貌で、その長く硬い毛は白色か濃い茶色だった。夏はその毛が短くなり、毛の下の容貌がかいま見られる。前足が長く、後ろ脚の短い独特の姿をした首と鼻面の短い竜で、翼はなく地面を転がるように駆ける。その様から雪原の雪ダルマとも云われるが、小屋の一つや二つは容易に破壊してしまうので、しゃれにもならない。


 吹雪飛竜は毛長飛竜を数倍にしたような巨大な飛竜類で、白く短い毛に覆われ、やたら首が長く尾が極端に短いので、尾が長いサラティスの鴉飛竜と区別される。この竜が現れると吹雪になるという俗説からそう呼ばれているが、必ずしも吹雪になることは無く、むしろ吹雪は風が荒れるので逆に現れない。口が短く、そのかわり薄い剣のような角が顔と一体化して伸びていて、それで舵を切って飛ぶ。珍しく雑食性で、しかも草食性が強い。人はあまり襲わないが農作物を目茶苦茶に食い荒らすので、むしろ被害は甚大だった。


 また数は少ないが主戦竜の一角にいるのが二足歩行の翼のない巨大鳥類を思わせる竜で、凶氷竜と呼ばれている。翼も手も無く、太く雪に沈まない毛の生えた脚で、雪原を猛烈な速度で疾走する。見た目は角のある巨大な飛べない鳥そのものだが、人間を一撃でかみつぶす万力めいた嘴には、毒があると云われている。なぜなら、その毒液を飛ばしてくる個体がいるからだが、数が少なくあまり戦ったフルトがいないため、真偽のほどは定かではない。

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