第312話 第1章 1-2 極北の町

 そしてサラティスの大王火竜、海洋の大海坊主竜に相当する、主戦竜であるが主戦竜を超える最も強力な竜が、全身が氷柱めいた鋭い半透明の刺状鱗で覆われている巨大な竜、氷河竜だった。冷却ガスを吐きつける北の化け物で、巨大な四肢と翼を持ち、極北と山脈高地の氷河を厳然と支配している。太古には神の遣いとされていたが、今ではまさに魔神のように恐れられている。カルマのいるサラティスと異なり、スターラではこの氷河竜に勝てるガリア遣いは、いないに等しい。


 その他、確認されている分類不明の特殊竜では、ふわふわの愛らしい兎のようで凶悪な小型肉食獣である耳長兎竜みみながとりゅう、大きな腕で首の短い、かつて存在した巨大洞窟熊めいた大腕熊竜おおうでぐまりゅう、保護色で雪景色にまぎれるしなやかで大型の猫型竜である雪花竜せっかりゅうがいる。雪花竜は、特に景色に姿を紛れさせてフルトを襲うので、サラティスの駆逐竜に匹敵する、侮れない暗殺竜だった。


 それらの竜が、天然の獣としてばらばら運任せに出現するのではなく、白竜のダール・ホルポスやその麾下のバグルスに率いられ、組織化してスターラを襲うというのだ。既に竜の分隊があちこちに散らばっているが、本隊はリュト山脈の中腹に集まっているという情報があった。厳冬期に人間がそこまで攻めこむのは不可能なので、必然迎撃することになるが、さてホルポスがトロンバーをまず攻めるのか、大樹海を突っ切ってスターラを直接攻めるのかで、アーリーとレブラッシュら商会幹部、そしてヴェグラー幹部の意見が総意をみせていない。


 しかし、トロンバー近郊でにわかに竜の出現が増えているのも事実だった。


 そのために、既にトロンバーには約三十人のフルトが竜狩りを兼ねて偵察部隊として出張っていた。カンナとライバは、それへ合流するかっこうとなる。


 天気がよいため街は賑わっており、凍結した湖で氷に穴をあけて行われる刺し網漁で取れたさまざまな魚が売られていた。湖に竜はいないので、ここで捕れる魚は貴重なスターラの食料だった。捕った魚は氷の上でしばし放置され、そのまま凍らせて運搬する。また、トロンバー人はその凍った魚をそのままナイフで削って生のまま食べるのが、この季節のご馳走だった。


 それは竜肉にも及ぶ。ちょうどライバの操るそりが街に入って通りを進み、手配の宿へ向かっている途中で、広場で狩ったばかりの毛長走竜を解体していたが、人々が新鮮な赤肉をナイフで切って、そのままうまそうに口にしているのを見て、カンナは魂消た。


 「ちょ、ちょっと、ライバ、いまの見た!?」

 「ここいらは、みんなああですよ」

 ライバは、見もせずにあっさりと答えた。


 「竜に限らずね。スターラ人は、ちゃんと焼くか煮こみますけどね。でも、慣れたらあまり臭くないし美味しいって、ここに長く駐屯してるフルトたちも云ってますよ。たいそう精力もつくそうです」


 「おええ……」

 カンナはまた具合が悪くなってきた。


 この世界に栄養学という概念が無いのは第三部で述べてあるが、じっさい野菜の無い冬期に各種のビタミン類をたっぷりと含む生肉を摂取するのは理に適っている。まして、通常の食肉より高栄養価な竜肉だ。幸いにして、彼らにとっては経験則だが、寄生虫、病原菌、ウィルスや原虫なども、竜には認められないのだった。


 二人は町の中程にある大きめの宿に入り、宿の世話係によって犬たちも専用の犬小屋へつれて行かれた。湖の新鮮な魚や竜肉の余りや骨を、たっぷりとあたえられる。カンナとライバも今日は休むことにした。明日から、フルトたちによる竜狩りの……いや、ヴェグラーの事務所へ行って、レブラッシュの指令を伝え、二人も強行偵察の任務につく。


 「お疲れさまです、さ、暖かいお茶をどうぞ」


 それは濃厚なハーブティーだった。パーキャスを思い出し、カンナはあの灰色に満ちた絶海の諸島が懐かしく思い出された。


 フロント前の休憩室で、二人は暖炉の火にあたって、お茶をゆっくりと飲んだ。


 やがて2階の客室へ案内される。ヴェグラーの経費から支払われるので、豪華でもなく、質素でもなくといったところだが、カンナは助っ人待遇のカルマということで、ガイアゲンより特別報酬が出ているので少し調度品がよく広い部屋だった。カンナにとっては、そんなことはどうでもよかったのだが。


 「それより、ここは、お風呂ってあるんですか?」


 カンナは真っ先にそれを確認した。身体が冷え切っており、あんな暖炉の火ではどうにもならない。心が冷えている。精神が冷えると、魂より出ずるガリアもでない。


 「蒸し風呂ならありますよ」


 マレッティが云っていたやつだ。カンナはさっそく、四十半ばほどの宿の女将に案内してもらった。


 「どこへ行くんですか?」

 向かいの部屋のライバが目ざとく顔を出す。

 「蒸し風呂があるんだって」

 「ああ、トロンバーの名物ですね。入ったことあります、気持ちいいですよ」

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