第310話 序 2  アーリーの賭け



 「じゃ、とにかく、モルニャンちゃんはいまサラティスにいるのね?」

 「そういうことだ」


 「ちょうどよかったかもね……サラティスにカルマが誰もいないんじゃ、やっぱりねえ、何かあったときに不安だもの。いくら黒猫がほぼカルマ級だとしても、ほかの連中はそれを知らないんだし。緊急時に、指示を聴くとか聴かないとかになるとねえ」


 「そういうことだな……」


 アーリーは暖炉のそばで、また大きな椅子のひじ掛けに肩肘で頬杖をつき、瞑想してしまった。


 「……いやあねえ、年寄みたいに……」 

 マレッティが鼻面をしかめた。

 「でも、ダールって、人間の何倍も生きるんでしょう? いくつなの? あの人」

 スティッキィが小声で姉の耳に口元を寄せる。

 「さあ……九十くらいじゃない?」

 「うっそお」

 「それより、カンナちゃんはどうしてるの? しばらく見てないけど」

 「さあ……お風呂じゃないの?」

 「ここんところ、ずっといないじゃない」

 「カンナなら、トロンバーへ斥候に行っている」

 目をつむったまま、アーリーが云った。

 「はああ? どうしてえ? 一人で行かせたのお?」

 「ライバと一緒だ」

 「だから、どうしてカンナちゃんが行ってるのかって聞いてるのよ!」


 「冬季戦闘に慣熟かんじゅくさせるためだ。ホルポスの本格的な侵攻は、年末から年明けと観ている。訓練するならいまだ」


 なるほど、南国ウガマール生まれのカンナは、こんな寒さと雪は初めてだった。冬の戦いの前に、少しでも慣れさせるのは理にかなっている。


 「アーリ-、いい機会だから聞くけど、どうやってホルポスを迎え撃つの? 何を考えてるわけ? こっちから攻めるの?」


 アーリーはしばし黙っていたが、やがて眼を開け、マレッティを見た。


 「それらを含めて、まだ検討中だ……なにせ、我々だけで動くわけにはゆかない。ガイアゲンの支援体制と、フルトたちの部隊分けも充分に整っていない。こちらから攻めるのは無理だ。間に合わない。向こうから攻めてくるだろう。しかし……」


 「トロンバーを攻めてくるか、大樹海を突っ切って直接スターラを攻めてくるか、迷ってるのねえ?」


 スティッキィが口を開いた。アーリーが、そちらへ視線だけを動かす。

 「……そのとおりだ」

 マレッティも納得した。 


 「なるほどねえ。もしかしたら二手に分けてくるかも。多勢に無勢、こっちには、部隊を分ける余裕はないというわけ、か」


 「賭けよねえ」

 「賭けてる余裕すらないわよ」

 「でも、分けざるを得ないと思うわよ。最低でも、守備隊は残さないと。ねえ、アーリー」

 「……そのとおりだ」


 アーリーは再び瞑想へ戻った。アーリーに認められ、スティッキィはやや得意げな顔をマレッティへ見せた。


 マレッティはあまり面白くない。


 「……なによ、スティッキィのやつ、このまえ見知ったばっかりのアーリーに、馴れ馴れしい……」


 自室へ戻り、マレッティはぶちぶちと独白をたれた。もともとスターラに住んでいたスティッキィも、いまは姉と共にガイアゲン商会に寄宿している。が、マレッティの願いで部屋は別になっていた。なぜなら、


 「……デリナ様、あたしがここにいるの知ってるのかしら……何らかの方法で、知ってるはずなんだけどなあ……」


 マレッティは、この夏にサラティスを攻め、竜属の旧帝国世界大侵攻の総司令を務める黒竜の半竜人ダールデリナと、密かに通じているのだ。


 いまは、パーキャス諸島のときのように、デリナからの連絡を待つしかない。

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