第4部 薄氷の守護者
第309話 序 アーリーのスカート
「で? モルニャンちゃんは、いつ帰ってくるわけえ?」
暗殺者たちの襲撃をしりぞけ、一年で最後の年、アルガ帝月も半ばを迎えたころ、マレッティが濃い琥珀色の金髪を少し切って、さっぱりとしたふうで昼食後の紅茶を飲みながら云った。
「モルニャンちゃんて誰よお?」
マレッティをやや細くしたような、双子の妹のスティッキィが尋ねる。蒼い眼が美しい姉妹だ。
「カルマはねえ、ほんとは四人なのよお。もう一人のモルニャンちゃんが先にスターラへ出張してたんだけど、私たちと入れ違っちゃったのよお」
「いま、どこにいるのお?」
「知りたいのはこっち!」
マレッティが口をとがらせた。
「ちょっとアーリー、聞いてるの?」
サラティス竜退治組織の頂点である「カルマ」を構成するガリア遣い、アーリー、マレッティ、モールニヤ、そしてカンナのうち、モールニヤが先遣としてこの北方最大の都市国家スターラ(ストゥーリア)を既に訪れていた。その後、夏にサラティスを襲った黒竜の半竜人デリナを撃退したのち、白竜の半竜人ホルポスがスターラを侵攻するとの情報を得たため、スターラまで出張していたモールニヤに、別命を与えていた。モールニヤは別名義で活動していたが、アーリーたちが来るのが遅いので逆に出迎えに出て、異なるルートを辿ったために入れ違ってしまったのは第三部で述べてある。
カルマ創設者にして赤竜の半竜人であるアーリー、二十キュルト、すなわち約二メートルにも及ぶ女丈夫で、赤髪と赤い瞳に薄い褐色肌へ愛用の赤竜鱗鎧を合わせているが、いまは特別にしつらえさせたスターラ衣装の部屋着で、冬でも暖炉が暖かいこのガイアゲン商会の談話室でくつろいでいた。が、ここのところずっと考え事をしているのだった。先般、暗殺者たちと高完成度の合成竜人ブーランジュウを撃退した際にガイアゲンの本部建物の西棟部分はほぼ半壊し、いま真冬にもかかわらず突貫で設計や調度品の製作から職人たちを昼夜働かせている。ただし、冬は風が強いため、本格的な建物の修復は春になるだろう。
その戦いで受けた傷も癒え、アーリーは常態を取り戻してはいたが、ずっとガイアゲン商会支配人のレブラッシュと打ち合わせをして、瞑想の時間も増えていた。
ちなみに、アーリーがスカートをはいているのを、マレッティは初めて見た。
「アーリー?」
「あ……ああ」
「コーヒーが冷めてるわよ」
アーリーはラズィンバーグ産の希少な紅茶より、ウガマール産のコーヒーを好んでいた。どちらもこの北方都市では、高級な輸入品だ。
部屋の隅に控えていた商会の女給が、無言でアーリーのコーヒーを下げ、新しいカップを用意し、淹れたてのコーヒーをまた卓へ置いた。
アーリーはそれを一口のみ、
「モールニヤは、我々が連山を越えてくるものとおもって、ゴット村でずっと待っていたがいっこうに現れないので、逆にこちら側より連山を越えてバソ村まで出て、そのままサラティスへ戻ってしまったそうだ……。黒猫から都市間経由伝書鳩で手紙が来た」
黒猫とは、カルマの経理を担当している凄腕のガリア遣いだった。バスクではないので、カルマのメンバーではない。あくまで事務員だ。いま、サラティスで留守居役を務めている。
「なによそれ、せっかちねえ!」
マレッティが呆れて口を開ける。
「しかし、よく真冬の連山を超えられたわねえ……」
「どこの生まれの人?」
「そういや、どこなのかしら?」
スティッキィに云われ、改めて考えると、マレッティもモールニヤの生い立ちはよく知らなかった。
「モールニヤは、トロンバーのさらに北の部族の出身ときいている」
「ええー!?」
双子が同時に声をあげた。
「初めて聞いた。それ、極北の遊牧人でしょお? もう滅んだって聞いたけど……」
「あら、竜の世界で竜を飼って暮らしてるって」
「うそお」
「トロンバー出身のうちの先祖も、もともとは同じ遊牧人だって……」
「そうなのお?」
「極北遊牧人でガリア遣いなら、冬の連山越えも可能かもねえ」
声も話し方もまるで同じなので、聞いているだけならアーリーもたまにどちらがマレッティだったか、分からなくなる。ま、どっちでもよいのだが。
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