第236話 ささやかな狂気

 ほぼ同時に、盗賊が出入口として使っている隙間より、言葉にもならない喚き声をあげた茶金の髪をした、これも痩せこけて棒切れみたいな十前後に見える少年が、転がるように放りだされて出てきた。


 その後に、顔に大きな傷のある、鼻の高い痩せた男が少年を追って出てくる。


 「てめえ、こいつ……おまえもミリアみてえにくびり殺されてえのか、いうことを聞け、こいつ……お前の代わりは……腐るほど街にあふれてるんだ……役立たずのめ……!」


 喚く少年を容赦なく殴る蹴るで、やがて少年もぐったりして動かなくなった。口や鼻から、大量の血が噴き出てきた。顔傷の盗賊は、少年を放り投げ、とどめと腹を思いきりブーツで蹴りつけた。


 そこへ、寒い寒いと身を震わせて、殺した少女を捨ててきた先ほどの髭面が藪の奥より現れる。


 「おう、なんでえ、こいつもついに狂ったんか?」


 「へ、へっ……最近の餓鬼ぁ、すぐ狂いやぁがる。俺たちが餓鬼のこらぁ、奴隷やりながらもなにくそって親方やあにいたちの技を盗んで……一人前ひとりまえになったもんだがな」


 「この時期、餓鬼は余ってるから安いさ。根性なしは、かまうこたあねえよ。男は無駄に孕まねえから、そっちじゃ重宝もするが、な」


 「こいつ、もうそっちでも用済みよ」

 「遠くに捨てて来いよ」

 「わかってらあな」

 ズウン! 山崩れめいた低い音がした。



 4


 カンナは意識が殺意で飛ぶ寸前にいたが、竜を殺す時のように暴走はしなかった。それはカンナが成長したからなのか、相手が竜ではなく人間だったからなのかは、分からない。ただ、ウガマール奥院宮おくいんのみやの……クーレ神官長の秘術は、あくまで竜に対する行動原理の植付であるから、それが遠因となってはいるだろうが。


 黒剣が共鳴する。竜ではなく、眼前の盗賊たちに。

 「な……なんでえ!?」


 ズ、ズ、ズ……ゴゴゴゴ……これまで聞いたこともない地鳴りに、盗賊二人、恐怖と動揺で立ちすくんだ。


 カンナが物陰より出でて歩きだす。下段に構えた黒剣を両手に持ちかえ、しゃの下段に構えた。


 ギョッとして、その異形をみとめた二人、大音声に叫んだ。

 「ガッ……ガリア遣いだ、ガリア遣いでさあ!! 頭領、ガリア遣いが……」


 閃光と轟鳴が、二人を襲った。悲鳴も無く、黒こげとなって二人は衝撃にぶっとび、炭化して肉が裂け、目玉も破裂し、焦げた血液と白煙をぶちまけて転がった。


 あまりの音と揺れに、わらわらと盗賊達が巣から飛びでてくる。

 「ガリア遣いだ!」

 「隊商のか!? どうしてここが!?」

 「先生、先生がたぁ呼べ!」


 めいめいが叫んだが、カンナは容赦なく雷の嵐を降り注ぎ、さらには黒剣を振り回して衝撃波を飛ばしつけた。感電して面白いように盗賊達がひっくり返り、衝撃波で石の壁に叩きつけられ、血の絵画を壁に描く。


 竜に比べたら、練達の盗賊とはいえ、まるで泥人形だった。

 「ひ……ひひ……」


 あまりの脆さに、カンナの顔がひきつって歪む。メガネが光を反射して、不気味に輝いた。ガリアを遣わぬ一般人が、ここまで弱いとは。

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