第204話 コンガルの惨状

 三人は急いで離れた。丘を登って避難したかったが、竜が半身を起こして道を塞ぐかっこうとなったので、そのまま町から海岸沿いに伸びる道をめざす。カンナがバルビィと、海辺の公共温泉へ行った道だ。


 竜はしかし、ゆっくりとそして雄大に立ち上がると、斜陽を背に何をするでもなく佇んだ。ややしばらく微動だにせず風に吹かれていたが、やがてそのまま海へ顔を向け、地面を揺らして歩きだした。


 「どこへ行く?」

 「さあ……」


 三人は静かにその姿を見守った。港から海へ足を入れ、波が立ってマレッティの乗っていたディンギーが陸に乗り上げる。前代未聞の超特大大海坊主竜ちょうとくだいおおうみぼうずりゅうは、波をかき分けて港を出るとすぐにゆっくりと大海原へ身をゆだね、浮島めいて彼方へ泳ぎ去った。


 「どうしちゃったんだろお?」


 「さあな……バグルスに使われていたようだから、バグルスが死んで、自由になったのかもしれない」


 「ふうん……」


 マレッティ、さすがに感慨深げに見えた。自分たちでも倒しきれないほどの竜がこの世にいる。その事実を、淡々と受け止めている。


 「ま、あたしたちは、バグルス退治専門だからあ。あんなのは、人間が相手をするような代物じゃないのよお、きっと」


 カンナは良く分からず、水平線を去って行く大海坊主竜の背中を無常観に支配されて見つめるだけだった。


 「生き残っている町のものを探すか」


 アーリーも、惨憺さんたんたるコンガルを見渡してつぶやいた。彼女をもってしても、この破壊は止められなかった。ダールであるアーリーとて、大いなる存在の前では無力なのだ。


 その三人めがけ、道の奥よりぞろぞろとコンガルの住民が歩いてきた。避難に間に合った町民だろうか。


 町民たちは一様に死人めいた顔をして、魂がぬけたようになっていた。まさに幽鬼の群れというか。ギロアを信じ、竜と共生していると信じていた彼らにとって、竜に徹底的に破壊されたコンガルの町を見るのは、死よりも辛いことかもしれない。


 まだ気力の残っている漁師が何人かおり、瓦礫の下から食料などを探し始めた。コンガルには八百人ほどが暮らしていたが、生き残りは三十人ほどだった。比較的若者が多く、年寄りや子どもは少なかった。逃げられなかったのだ。その、逃げられなかった町の者の遺体がそこらにあったが、誰も片づける気力は無かった。


 アーリーは乾いている木材を集め、ガリアで火を点けてやった。もらい火でたき火が何か所かおきて、町民が集まって暖をとる。水は、高台の井戸が生き残っていた。低い位置の井戸は海水が入り、飲めなかった。


 「とにかく、ギロアも倒したし、ばかでかい海坊主もどっか行っちまった……パーキャスは元に戻りやすよ。戻りやす」


 マレッティ艇の船頭を努めた漁師が、涙を浮かべた。アーリーの艇を操った漁師は、行方不明だった。逃げきれなかったのか、竜とアーリー達の戦いに巻きこまれたのか。後で分かったことだが、このコンガルの生き残りの人々が逃げた公営温泉場へ通じる道と同じ道に逃げ、興奮し混乱した町民に見つかかって叩き殺されたのだった。

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