第159話 海辺の小道にて

 「あのギロアってやつはよ」

 呼び捨てか。カンナは驚いた。


 「ガリア遣いなんだか、ちがうんだか分からねえんだ。怪しいやつよ。カネ払いはいいんだけどよ、得体がしれねえんだ。得意技は催眠術よ。コンガルの連中は、竜と人が共存できると思いこまされてるんだ。そんなわきゃねえだろよ。竜が人とって食ってるってえのに」


 ゲ、ヒャ、ヒャヒャ……と、バルビィが皮肉めいて笑う。

 「で、でも、竜の国では、みんな竜といっしょに暮らしてるんでしょ?」


 「そら、それぞれの竜皇神を信仰して、竜を利用して暮らしてるってだけだ。竜はそもそも半分家畜みてえなもんよ。こっちにだって大昔はいっぱいいたはずなんだがな。古代帝国ってのが、竜をだいぶん殺したから、いなくなったんだ」


 「そうなんですか!?」

 ウガマールで習った歴史とは異なる。


 「いいか、ここ数十年来の竜属の侵攻は根が深いぜ。あんたに云っても分からねえだろうがよ。ダール共が誰かに命じられて、にわかにこっち側を支配下に置こうとしてる。誰かったって、分からねえんだ。まさか神様じゃねえだろうがよ。何のために? それも分からねえ。ダールなんて、みんな仲が悪くて、お互いに何人かで組を作って縄張り争いしてるのが関の山の連中だったんだが……にわかに世界の指導者きどりよ。ああ、気分が悪いねえ」


 「あなたって……」

 「バルビィでいいよ、カンナちゃんよ」

 「バルビィは……」


 「おれは傭兵だからよ。人も殺すし、竜も殺すさ。カネさえもらったらな。だけど、あのギロアはいけすかねえ。その手下のシロンとマウーラもだ。武士かなんかみてえに気取りやがって。おれと同じ、うすぎたねえ殺し屋のぶんざいでよ」


 「もう一人、いたような?」

 カンナは、床に座っていた、不気味に笑う小柄な女を思い出した。


 「ヴィーグスは……よくわかんねえな。あいつは、どこの人間かもわからねえんだ。バグルスのできそこないじゃねえか? って気がする」


 「まさかあ」

 「冗談だぜ。からな」

 そうなのか。カンナは意外な事実を知った気がした。


 「そもそも、ガラネルとかいうダールが、腹が立つんだ。裏でしやがって、手下を影から操ってよ。アーリーとかデリナのほうが、可愛げがあらあな。自分でちゃんと表立って動くからな」


 不思議な人物だとカンナは思った。味方にもなるし、敵にもなる。信用はできない。しかし、いまは味方のような気がした。いや……。


 「お、ついた。ここだぜ」


 海沿いの掘っ建て小屋に到着する。道からちょっと海岸へ下りたあたりに小屋があり、中に小さな風呂がある。男も女も分かれていないような風呂だった。


 「ほかに誰か来ないの?」

 カンナが外と中を隔てる薄っぺらい板壁を触りながらつぶやく。

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