第103話 地下洞穴

 塔の内側を複雑に曲がりながら隠し階段は作られており、非常用の脱出口であろうとマレッティは思っていた。ガリアの明かりだけを現出させ、足元を照らしてずっと下りて行くと、塔の地下へ出る。そこから、隠し通路はさらに街の地下を通り、やがて天然の洞穴へ出る。サラティスは地下水が豊富だが、その一部はこうして地下洞窟の中を地下水の川となって流れていて、地底湖もあった。ここはサランの森の辺りのはずだったが、一部は城壁の外にもつながっているのだろう。気温が低く、マレッティの息も白い。


 もっと洞窟を探検すると、きっと遠くの森や岩山に通じていて、地上に出られると思われたが、マレッティはそこまで調べる気は無かったので、途中の小部屋のように窪んでいるところまでやってきた。


 そこに、岩へ打ちつけられた太い鎖に両手首をつながれた、衣服もボロボロ、茶色い長髪も蓬髪の女性がいた。痩せこけ、うなだれて死んでいるかに見える。足は弱って変な方向へ曲がっており、立てない。天井のかすかな隙間から、かろうじて弱々しい日光が差し込んでいる。肉体すらも、既に屍蝋化しろうかを始めている。


 「ほらほら、起きなさあい。死んだの!?」


 女性が唸り声を上げる。生きているが、片目も白濁してつぶれ、息をするのがやっとのようだ。口から、よだれとも胃液ともつかぬ液体が流れ出る。歯も、かなり抜けていた。カクカクと首を振り、マレッティを見上げた。


 「ほおらあ、久しぶりにご飯よお。いい感じに熟成してるわあ。この冷えきった洞穴に、並べておいたのよお」


 白い息を吐き、大きな袋からマレッティ、土色に変色した人間の腕を取り出した。大柄だが、女性の腕だった。先日の戦いで死んだバスクの腕を失敬しておいたのだ。


 すると、つながれた女性がのけ反って呻きだした。その肋の浮きでた胸骨の真ん中がぐうっと盛り上がり、裂けて、とした生き物の首が現れた。それは目のない、ウナギめいた姿の竜だった。一種の寄生竜で、この女性へ寄生させて生かしてある。寄生竜は麻薬物質や抗生物質を出して宿主の神経を麻痺させ、肉体を腐敗から護り、生かさず殺さず、云うがままにするのである。


 「ほれほれえ~」


 楽しげにマレッティが竜へ人間の腕をやる。竜はかじりつき、鋭い歯で肉を削いだ。そのたびに、女性の身体が揺れ、


 「げうっ……げっ……ぐぇえ……げへっ……」

 と、肺から空気が漏れた。


 マレッティがまた小柄な腕を出して食わせ、次いで半分に割った内蔵のない胴体の一部を出した。まるで肉屋だ。竜がたっぷりとそれらを食い終わり、残った人骨をもしゃぶりつくすと、満足げに女性の肉体の中へ戻った。鱈腹たらふくとなった寄生竜がその体内にひっこみ、女性の胴は異様に膨らんでいた。マレッティは残った骨を後ろにぶん投げ、そのまま待った。が、女性は再びうなだれたまま、死んだように動かない。


 「……さっさとだしなさいよ!!」

 そのやせ細った足を、ブーツで蹴りつけた。

 とたん、女性からガリアが出る。この女性はバスク……もしくはセチュだ! 

 マレッティが捕え、ここに括りつけて竜を寄生させ、生かしてある!

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