第102話 別れ、そして

  ∽§∽


 フレイラは死んだが、アートは生きていた。


 さすが、というべきか。デリナの毒をくらったとき、一瞬にしてガリアの障壁を肉体の内側から隙間なく張り、最低限の侵入で阻止した。そのまま仮死状態となって、耐えた。アーリーの解毒の炎はカルマの建物の一室で七日間燃え続け、奇跡的に蘇生した。


 だが、後遺症が残った。神経をやられ、立って歩くことはおろか、物を云うのもおぼつかない。ガリアによる良い治療師のいるウガマールへ戻り、養生と機能回復を行うことになった。ガリアのダメージは、ガリアで回復できるはずだった。


 デリナの侵攻によるサラティス攻防戦より半月がたった、コロムテス帝の月十三日。アートはクィーカを連れ、ウガマールへ旅立った。ロバの牽く荷車に藁と毛布を敷き、そこへ寝かされたアートが、なんとか半身を起こして、カンナと分かれの挨拶をした。


 「……ぶざ……ぶざまな……す……がたにな……な……っちまっ……て……」


 口が回らない。寂しげに自嘲の笑いを浮かべる頬も引きつる。右目も半分閉じたままだ。カンナは涙が止まらなかった。


 「なく……な……よ……」

 「だって……だってアートがいなかったら……わたし……有難う……アート……」

 クィーカもぐずぐずと泣いて、カンナと抱き合った。

 「クィーカ……アートを頼むね……」

 「ふご……ふご……ふごご……ふご」

 何を云っているか分からない。

 「じゃ……じゃ……じゃあ……な……なに……絶対元……にも……ってみせ……」

 アートはぶるぶると右手を出した。カンナが両手でそれを握り、支え、別れを惜しむ。

 「おーい、出発するぞ」


 護衛バスクの音頭で、隊商が動き出した。ウガマールへストゥーリアの棒鉄や石炭、ラズィンバーグの金銀銅、錫、宝石類を運ぶ鉱物専門の隊商だった。バスクの数も多いが、人間の盗賊相手の衛兵の数も半端ではなかった。


 「結局、竜より人のほうが恐ろしい」

 アーリーがしんみりと、しかし確信を持って云った。

 カンナは新調した眼鏡を涙で濡らし、隊商が見えなくなるまで、正門の前にいた。



  ∽§∽


 アーリーとカンナがアートの見送りへでかけたの見計らい、マレッティは自室の暖炉横の石壁へ顔を近づけると、その隙間に薄い金属の板を差し込み、そっと動かした。すると、その石が動き、ずれて、隠し扉が開く。ぎりぎり、マレッティの体格の人間が入れるほどの大きさだ。


 マレッティはここをある時、偶然に発見した。鍵である金属板も、ベッドの下の片隅に落ちていたものだ。こっそり調べたが、その隠し扉と隠し通路があるのは、マレッティの部屋と、死んだオーレアがかつて住んでいた部屋だけだった。オーレアの部屋は、いまは誰もいない。オーレアの部屋の鍵はマレッティが所持していた。


 この隠し通路がいつどうやって作られたのか、マレッティには分からない。三十年前に、アーリーがカルマを組織したときも、既にこの塔はここにあった。アーリーがそれを買い取り、その他の建物を整備、拡張した。

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