第88話 デリナ撤退~カンナのめざめ

 (やはり、まともにぶつかっては不利か……!?)

 デリナは決断した。


 その隙に、軽騎竜がデリナの前へ着陸した。アートは覆いかぶさってきた鴉飛竜の死骸の片翼を引きちぎって、急いで脱出している。


 デリナは軽騎竜の背中へ飛び乗った。竜が背中を屈伸、大地を蹴り、梢を揺らして飛び立つ。


 「アート、ここは引かせてもらうわえ!」

 「なにいッ! 待てッ、このやろう!」

 デリナの高笑いめがけ、アートがドリルを飛ばしたが、届かなかった。


 逃げたものは仕方がない。アートは追わなかった。それは、彼の仕事ではない。楯を解除し、完防彩白銀手甲かんぼうさいはくぎんてっこうも消して、カンナを振り返った。


 火が消えている。

 「……まずい!!」


 駆け寄り、恐る恐る覗き見たが、どうやら完全に解毒されたので火が消えたようだった。アートは安心のあまり、腰から砕けて座り込んだ。



 6


 カンナは、眼を開けた。


 自分が空を見上げていて、視界にアートの後ろ姿があるのが、ややしばらく理解できなかった。起き上がって、アートを見る。


 「アート?」

 アートが振り返った。

 「よお、目が覚めたか? まず水を飲めよ」

 「……ありがと」

 水筒を受け取り、一口飲んだ。冷たい沢の水だった。

 「いま、コーヒーも淹れてやるからな。何か食べるか?」

 「いらない……」


 カンナは眼鏡の位置を直し、記憶を呼び戻しつつ、周囲を観察した。やや開けた森の一角だというのは分かった。しかし、大きな竜の死骸が横たわっているのでギョッと硬直した。


 「ア、アート、あれは!? それに、アーリー達はいなかった!?」

 「竜の退治屋が竜の死体でいちいち驚くなよ」


 アートが、真鍮のカップへ淹れたてのコーヒーを差し出した。カンナは受け取って静かに口にする。コーヒーの香りは、ウガマール人の心を満たす。


 少し時間をかけて熱いうちを飲み、ぬるくなってよりは一気に飲み干して、カンナは立ち上がった。少し、ふらつく。


 「おい、病み上がりだぞ。まだ休んでおけ。そして、サラティスに戻るんだ」

 カンナは眼を丸くした。

 「冗談でしょ?」

 「冗談じゃない。あんたはよく戦った。ダール相手に、生きていただけで充分だよ」

 「だからって……アーリーやマレッティはまだ戦ってるんでしょ?」

 「戦っている」

 「じゃ、わたしも……」

 「落ち着け、座れよ! あんたじゃ、アーリー達の足をひっぱる」

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