第79話 デリナ

 「己が相手は我だ」


 低い、凍てついた声がした。真夏の夜に、そこだけ冬が来たかに背筋が寒くなった。振り返ると、何も見えない。まったくの闇だった。恐ろしさもあり、カンナはガリアを出し、黒剣が一気に放電してその姿を浮かび上がらせた。


 プラズマ光に佇むのは、大理石じみた真っ白い巨大な胸元も露わな漆黒の絹のドレス、ゆがんだ大黒真珠が一粒その胸に首飾りとして光り、カンナと同じく長い艶やかな黒髪は波うって、睫毛の長い黒の瞳は虚無めいて底が見えない。鼻筋が低く愛嬌のある丸い顔だちだが、死人よりも白かった。唇を染める紅まで濃い赤紫だった。背はアーリーほどではないが十八キュルト(約一八〇センチ)はあり、やや細身で手足が長くまるで幽鬼がごとく気配もなく佇む。


 カンナは本能で恐怖を感じ、声も何も出なかった。いや、冷や汗だけどっと出た。

 「己が噂のバスクスかえ……待っておったぞ」


 キ、キ、キ……と、蝙蝠の化物めいた声で笑い、黒竜の娘、竜属のダール・デリナはその手の白く長い指を芝居じみてわきわきと動かす。


 「なっ……なんで……知って……」

 そこまで云うのが精一杯だ。カンナは震えるのも忘れて、その黒の化身に見入った。


 デリナが音もなく動きもなく、浮遊しているかに見えて近づいてくる。奇妙な方向に構えたその両手に、真っ黒い棒が握られていると分かったのは、棒ではなくその手槍の穂先が眼前に突き出された時だった。槍のガリアだ!


 息を飲み、黒剣が黒槍を受けて弾く。ギンッ! 音が鳴って、火花が散り、カンナは無我夢中で反撃した。


 それをデリナが槍を返して石突きで受けた。さらにその構えからのデリナの上段正面打ちをカンナが避け、振りかぶって胴払いをデリナがまた槍を引き寄せて受けた。黒剣から稲妻が走り、デリナの槍からは黒い霧のようなものが出た。遮二無二振り回されるカンナの黒剣をことごとくデリナは余裕で受け、いったん、間合いをとった。


 「剣筋は一丁前よのう」


 デリナが楽しげに云った。カンナは息も荒く集中する。視野が狭窄してくる。また……またあの周囲が何も見えない感覚が襲ってくる。頭を振った。あれに呑まれてはだめだ。


 (でも……おかしい……)


 これまでのバグルスとの戦いと比べたら、デリナの槍術は自分の剣術とたいして変わらない腕前、そして練度に感じた。これなら、うまく黒剣の力を引き出せたならば、もしかしたら勝てるかもしれない。カンナはそう思った。殺気も少ないし、なにより竜の統率官であってアーリーのような個別に強い戦士ではないのかもしれない。そう思うと、カンナにも自信が湧いてくる。稲妻がジリジリとほとばしって、デリナの白い顔をにらみつけて集中すると、黒剣が低く鳴りはじめる。


 「ほう……」

 デリナがぎょろ目をむいて、目玉が髑髏のような虚空ではないことを示した。

 「それが……件の……」


 少なくともダールであるデリナのガリアが、ただの手槍であるはずがないことを、未熟はカンナは看破できなかった。デリナの槍の腕前が、本当に自分と大差ないと信じられる根拠がどこにもないことに気づかなかった。黒剣がガタガタと震え、低く地鳴音を発しはじめる。剣とデリナが共鳴を始めた。行ける!

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