第76話 囮

 カンナが眉をひそめる。まさか人ではあるまいな。


 「竜の世界には、そもそも、我々の牛や鹿のような、草食の竜がいて、ふだんはそれを襲って食べている。竜の世界には竜の摂理がある」


 アーリーの言葉に、マレッティが驚いた。初めて聴く話だった。もっとも、聴こうとも思ってなかったが。


 「しかし、戦に使う竜はその限りではない。攻撃性を高めるため、あえて飢えさせている。それに、都市にはたっぷりと新鮮な食料がある」


 カンナは眼をつむった。やっぱりだ。その話も衝撃的だったが、あのど真ん中に夜中、つっこむのである。


 (わたし……死んだな、ぜったい……これで……)

 乾いた笑いが出た。


 (ガリアなんて遣えたばっかりに……ウガマールから派遣されて……可能性が高いばっかりに……あの可能性だって、本当にあの数字なのか、知れたもんじゃない)


 「なによお、笑ってるなんて余裕ねえ、カンナちゃあん。カルマはそうでなくちゃあ」

 「え……いや、まあ……」


 「だいじょおぶよお。あなたは死なないわ。わたしもアーリーも死なない。なぜって? わたしたちはあ、それくらい強いの。わかる? それがサラティスのカルマなのよお」


 何を云っているのか、まったくわからない。なんの慰めにもならなかった。

 「ところで、二人とも。夜襲の陣形だが」


 「分かってるわよお、アーリー。あたしが囮になるわあ。アーリーとカンナは、まっすぐに大将首をねらって」


 「えっ、囮!?」

 カンナが眼を丸くする。


 「だってえ、あたしのガリアはただでさえ光ってるんだからあ、夜襲じゃ照明係みたいなものでしょお。あ、勘違いしないでねえ。アーリーの炎だって明るいし……カンナちゃんのビカビカズババーン剣だって、夜じゃ目立つわあ。この三人は、そもそも夜襲には向いてないのよお。それなのに夜襲ってことはあ……まともに正面から挑んでも分が悪いってこと。あの数だもんね。だから、あたしが最初に竜どもを引きつけるからあ……二人は一気に敵のダールを狙うのよ。それが奇襲の効果」


 アーリーは黙って頷いた。

 「そ、そんな……」

 「あなたに心配される筋合いはないからあ!」


 マレッティがケラケラと笑った。カンナは唾を飲んだ。心の準備などという場合ではなかった。もう、何がなんでもやるしかない。やるしか。何がなんでも。


 三人は無言で、夜を待った。夏の日は長かったが、次第に夕闇が訪れた。マレッティは木へもたれかかって仮眠をとっている。アーリーは地面へ座りこんで、遠目の竜たちを凝視していた。カンナが時間をもてあましてアーリーの後ろに立った。


 「アーリーさん……」

 「どうした」


 無視されると思ったカンナは驚いた。思えば、アーリーとまともに口をきくのは初めてではないか?

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