第46話 違和感

 同じ夜、半月が高く登ったころ、アーリーはいつもの通り、塔の最上階で瞑想していた。開け放たれた窓より、音もなく何かが侵入する。それは一匹の森ミミズクで、羽音をたてずに正確にアーリーへ近づいた。アーリーが右手の指を出すと、それへ止まる。瞑想をやめたアーリーが、大きな手で器用にその脚についている小さな金属環きんぞくかんを開けた。中に、さらに小さな巻物が入っていた。それを取り出し、広げると、細かな字が並んでいた。


 一読し、アーリーはかすかに笑うと、森ミミズクを窓より放った。そのまま窓の縁へ手をかけ、雲の流れる夜空を見続けた。


 下弦の半月が、薄い雲に霞んでいる。

 蝙蝠も飛んでいた。


 

 それから、しばらくアートとカンナ、それにクィーカは他のバスクの退治を手伝い、また二度ほど軽騎竜を退治した。カンナが黒剣でトドメをさせるので、アートは独立して竜を退治できた。その日、前日に退治をしたため、休みだった。


 「にわかに金持ちになっちまったなあ」


 アートがにやにやして、テーブルの上に重ねてカスタ金貨を数える。駆逐竜三頭と、二頭の軽騎竜の退治が大きい。九十八カスタを一気に稼いだ。


 「こんなもの、他のバスクじゃ、ふつうの稼ぎです、ふごっ」

 そういうクィーカも、笑いが止まらない。


 「ふごふご、今日はお肉でも食べましょう、アート様! 竜のクズ肉じゃなく、豚肉か鶏肉を買ってきて! 鹿か兎でもいいです」


 「そうだな。カンナは、何か食べたいものがあるか?」


 カンナは窓際に座り、ぼんやりと外を眺めていた。退治のときは張り切るが、帰ってからはいつもこうだ。いつのまにか気温は上がり、すっかり夏になった。城壁に囲まれているとはいえ、この街角の家は風通しが良い。サランの森からの薫風が心地よかった。


 「何を悩んでるんだ? ちゃんとうまく退治をやってるじゃないか」

 アートがコーヒーを淹れ、カンナへ渡した。

 「やってるけど……でも」


 駆逐竜退治より、少しは雷撃が出るようになっていたが、また共鳴からは遠ざかっていた。黒剣は変わらず竜をたやすく斬り裂くが、雷撃の力がなくては、剣の腕前など素人以下のカンナでは、宝の持ち腐れだった。なんとかして、あの強烈な稲妻の力を安定して出せるようにならなくては、カルマへ戻れない。


 (あれっ、わたし、カルマへ戻りたがってるんだろうか……)


 そう思うと、せっかく拾ってくれたアートやクィーカへ申し訳なく感じ、さらに気分が落ちこむ。


 「竜退治って、地道なのね」


 「なんだよ、急に……。もっと派手だと思ってたか? バグルスを退治するカルマは英雄扱いもされるだろうが、軽騎竜じゃなあ。市民も退治してもらって当然と思ってる。けど、いちばんよく出てくるのはその軽騎竜だよ。あいつらが最も村人やら商人やら、家畜やらを食い殺してるんだ。しかも、次から次と飛んでくる。どこから来るのか知らないがね。地道に倒していかないと、そのうち竜だらけになるだろ?」 

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