第35話 アートとクィーカ
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雨が上がって、そのまま夜になり、朝になっても、カンナはそこに背をもたれて座っていた。眼はどこか空間を見すえ、メガネも薄汚れたままだった。服はまだぬれており、身体は冷えきっている。ここは、土潜竜とバグルスを退治したサランの森からそう遠くない、街外れの路地裏だった。どうやってここまで来たか覚えていないし、いつからここに座り込んでいるのかも覚えていない。
明るくなると、すぐ眼の前に扉があるのが分かった。そこは路地めいた狭い通路で、街並みが途切れる本当に市街地の外れの外れだった。ここから先は、城壁内の草原だった。朝日に体が温まってくる。
その、扉が開いた。中からカンナよりも幼い、歳の頃十前後の少女が現れる。建物は物置か廃屋かと思ったら、人がいるようだ。袋をかぶったような寝間着姿で、そばかすだらけの顔にちょっと上向いた鼻があり、赤に近い茶髪を伸ばし放題にし、目尻の垂れた一重の鳶色の瞳がカンナをみつけ、驚きもせずに鼻と喉の奥から、
「ふごっ……」
と、独特の音を出した。そしてふざけているのか、癖なのか、
「ふごふごふご……」
そのまま、扉の中へ顔を戻し、
「アートさまあー! 知らない人が死んでまあす!」
「クィーカ、朝飯ができてるぞ。顔も洗わないでどこに行ってる?」
「アートさま、こっちこっち、玄関でえす!」
「人が死んでるって?」
大柄な男性が現れた。歳の頃は三十歳前後に見える。背が高く、筋肉質で、浅黒い肌に黒髪のウガマール人だった。麻地のゆったりとした服を着ていた。
「あっ、なんだ?」
膝をついて屈み、急いでカンナの首筋へ手を当てる。脈はある。しかし体温が低い。
「肺病を起こしたらたいへんだ。湯を沸かしてあるから、おまえ、服を脱がせて湯浴みをさせてやれ。なんだってこんなところで……」
アートはカンナを抱き上げ、家の中へ入れた。クィーカがカンナの服を脱がせている間、アートは裏手の広場でバケツに湯を大量に用意し、タオルも多く用意した。クィーカが熱い濡れタオルでカンナを拭いてやっている間、アートは服を脱水し、干してやった。小物入れもそのまま干した。
日が完全に上がると気温も上昇し、カンナは生き返った。
「あ……」
毛布にくるまって、日当たりの良いソファで意識を取り戻す。
「あれ……ここは……」
食事をしていた二人がカンナへ気づいた。
「おっ、大丈夫そうだな。俺はアート。こっちはクィーカ。あんたは?」
「あ……カ、カンナです。あ、ありがとうございます……ご迷惑を……」
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