第34話 逃亡

 第二章


 1


 「カンナが戻らないだと?」


 その日の夜半、カルマの事務長がアーリーへ報告した。フレイラは大きな失望と怒りの嘆息ためいきに埋もれた。塔に門限は無いが、竜退治の後に新人が行方不明では話は別だった。


 「まだあの森で、悄気しょげこんでるんじゃねえのか!?」

 フレイラが詰め寄ったが、若い事務長は首を横に振った。


 「夕刻を待たずに、みなで土潜竜を解体しに行ったのですが、その時には、どこにもおられませんでしたので、てっきりお戻りになられているものだと……」


 彼は大伯父からカルマの事務長職を継いでまだ一年だったので、不手際が無いわけではない。しかし、たとえ二日前に入った新人とはいえ、メンバーがその場にいるかいないかを見誤ることは無かった。


 カルマの倒した竜はカルマのものであり、肉、骨、革、臓物、角、鱗などを売りさばき、重要な副収入となっている。もちろん、原形をとどめてうまく倒せた竜に限られるが。


 今日も、雨が上がって暗くなる前に、事務長に率いられたカルマの職員総勢三十人余が大きな専用の刃物や入れ物を持って素早く土潜竜を解体し、利用できない部分は森へ埋めてきた。カンナがいたとしたら、誰かが必ず気づく。


 「あの……期待ハズレの大ハズレがあッ!」

 フレイラが眼を吊り上げ、火を吐かん勢いで吠えた。

 「あーっ!! なんだってんだ! チクショウ! クソがッ!」

 そのまま、床を踏みつけ続ける。


 「……もういいぜ、アーリーさん! あんなやつ、最初からいなかったことにしようぜ! モールニヤが帰って来たら、また四人で頑張ればいいんだ。いつ戻ってくるんだよ、あいつ」


 「だあめよお。黒猫ちゃんに確認したけどお、モルニャンちゃんは、ストゥーリアまで遠征してるんだってえ。最低でも三か月は戻ってこないわあ。バグルスが都市内まで現れてる現状じゃ、カンナちゃんは使えなくてもお、あのズババーン剣は重要な戦力よお。いや、戦力にしないと、あたしたちが」


 「そのとおりだ。まして、カルマの新人が三日と持たずに逃げましたでは、話にならない。首に縄をつけても連れ戻せ」


 「はあー~い」


 マレッティは生ぬるく返事をしたが、フレイラは三角の眼のまま腕を組み、ギリギリと歯を食いしばってそっぽを向いていた。


 「フレイラ」

 返事はない。

 「フレイラ!」


 「あんなクソ大バカハズレなんか探してる暇なんて、あるんすかねえ! バグルスが連続して出現してるってえのに! オレは退治を優先しますよ。それでいいっすよね!!」


 つばを飛ばして云い放つと、フレイラは憤然と螺旋階段を下りた。アーリーはそれを止めなかった。マレッティは二人を交互に見ていたが、


 「じゃ、明日から、街をこっそり探しておきまあす。モクスルやコーヴの連中にバレないよおに……ね」


 そそくさとフレイラに続く。

 アーリーは椅子へ座り込むと脚を組み、頬肘をついて瞑想を始めた。

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