第33話 雨上がり
深々と突き刺さった黒剣を握りしめ、カンナは懸命にガリアの力を発動させたが、これまでで最も弱い放電が少し、あっただけだった。
「えっ……」
と、カンナの細い首を、バグルスが片手で掴んだ。その腕力は相当麻痺しているはずだったが、カンナは一瞬で意識が落ちかけた。その時には、フレイラがバグルスの背後より広い背中へ駆け登り、その首へ腕を回すや、右耳の後ろの顎関節の隙間へ、最も太い止めの針を打ち込んでいた。そこが、戦いの中で見いだしたこのバグルスの「魂の芯」の場所だった。
バグルスの赤い眼から血の涙があふれ、雨へ滲んだ。バグルスは膝から崩れ、呆気なく絶命し、下草に臥せた。カンナは急いでその手を喉からほどいた。
残るは土潜竜が一頭のみだ。残った竜は眼をむいて口から泡を出し、横になって前足を必至に動かして宙を掻いている。強烈な幻覚が襲っているのだろう。効く個体には、一針か二針でこうなる。誤って毒茸を食べた豚に見えた。
フレイラは静かに近づくと、土潜竜の腹へしゃがみ込み、優しくさすってやりながら胃のあたりに針を打つと、やがて
「や……やりました! 竜を、倒しましたよ!!」
カンナはフレイラに張り倒され、メガネも飛んで転がった。
「………」
そのカンナを、屈んだフレイラが胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「オレは引けと云った。何度も。なんで云うことをきかねえ。そんなに死にてえのか。一人で死ぬのは勝手だが、オレを巻きこむなと何回云った」
「で……でも……バグルスも……倒しました……フレイラさんの……役に……」
「お前は強ぇよ。確かに強ぇ。このまま成長したら、オレなんか足元にも及ばなくなるだろう。さすが可能性99だ。だけどな、そうなる前にお前は絶対に死ぬ。絶対にだ。このままじゃ、必ず死ぬ」
だから、死なないように、次からはちゃんと指示に従え。
フレイラはそのつもりで発した言葉だったが、カンナには届いていなかった。フレイラはカンナを突き放し、立った。雨が小振りになり、悄然と、カンナは両手を地面へついてうなだれた。鼻血が雨に混じる。
「立て。メガネを拾え。塔に帰るぞ」
しかしカンナは動かない。いや、動けなかった。
「……先に帰ってるぞ」
フレイラは歩きだした。森を出て、来た草地をまた通ると、あの五人のモクスルとセチュたちは、とっくにいなくなっていた。もしかしたら助っ人に来てくれるかも、と、万が一にも思った自分がばかばかしかった。
雨が上がり、フレイラは空を見上げた。
雲が晴れ、陽光が水滴に反射してまぶしい。
風が、甘く香った。
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