第31話 苦戦

 瞬間、すさまじい速度でバグルスの張り手が炸裂する。黒剣が自動的に動いてカンナを護らなかったら、首がもげていたかもしれない。カンナは悲鳴も無く宙を舞って、頭から茂みに突き刺さった。


 バグルスはゆっくりと自分の右手を見た。手が切れて血があふれ、雨に流れていた。バグルスの力で叩きつけて、初めて刃が通ったのだ。


 「やっろおおおお!!」


 フレイラが踊りかかる。鋭い蹴りを連続して見舞うが、バグルスは素早い身のこなしで下がりながら全てかわした。しかも、蹴りの最中に飛ばした針ですら、指に挟んで止めた。フレイラの攻撃を見切っている。


 (こいつ……バケモノだ……)

 初めてバグルスがびしょ濡れの頬をゆるめた。

 「オマエト、アイツジャア、オレニャ、勝テネエ、ゼ、シュ、シュシュ……」

 「生意気な……!!」


 フレイラの怒りが沸騰する。しかし怒りにまかせて冷静さを失うフレイラではない。バスクと竜には相性が合って、得手不得手がある。こういうタイプには、アーリーが最適だ。

 どう攻めるか思案する間もなく、バグルスが張り手を連打してくる。それが速い。自分の幻覚や麻痺の効果はどうなっているのだろうか。


 (自信なくすぜ……)

 さらに、フレイラは、恐ろしい想像をした。

 (まさか……オレのガリアに耐性を持ってやがる……!?)

 で、あった。ついに、そんなバグルスが現れだしたというのか。


 連続する攻撃を太い樫の背後に回り込んでかわしたが、バグルスの張り手の一撃はその大木を根こそぎひっくり返した。その後、バグルスが動きを止め、やおら右手を突き出したまま虚空をみつめて佇んだ。


 やはり、少しずつ効果はある。フレイラはすかさず針を打った。横腹に二本突き刺さる。とたん、腕が振り回された。無闇に近づかなかったのは正解だ。


 そのとき、土潜竜の声がした。深い枝葉に隠れて見えないが、足音と木の揺れる音で、竜が移動しているのが分かった。カンナが襲われているかもしれないと思い、その背後に移動する。すると、なんとカンナが土潜竜を相手に黒剣をへっぴり腰で振り回しているではないか。


 「こいつ、なぁにやってんだああああ!!」


 もしかして倒れているところを襲われたのだろうか。しかも、である。地面がぐらぐらと揺れたと思ったら、藪をかき分けて黒土が下から破れ、やや小さな竜がもう一匹出現した。


 「なっ……!」


 さしものフレイラも息をのんだ。さすがにまずい。ここは逃げだ。判断するや、出てきたばかりでまだきょとんとしている眼前の竜の首筋へ針を打ち、驚いて甲羅状の鱗へ首をひっこめた隙にフレイラはカンナと戦っている竜とカンナの間に割り込むや、竜の猛る口中へ針を打ち込んだ。瞬間、炎が吹き上がったが、カンナを抱きかかえて濡れる草むらへ突っ伏す。


 土潜竜は激しい痛みと麻痺に襲われ、口が閉じないままその場でふらふらと足踏みを始めた。

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