第28話 修羅場
「いいか、バグルスったって……ピンからキリだからな。おまえが勝ったのは、たまたまの偶然だと思って、気ィ抜くんじゃあねえぞ!」
カンナは、返事もできなかった。
森へ入ると、急に風が強くなって、木の葉が舞った。そしてやおら大粒の雨が落ちてきた。フレイラは慎重に歩いて、足音をたてない。カンナは緊張しつつ、バキバキ、ガサガサと枝を踏んで歩いていたので、フレイラが頭を抱えた。
「おまえなあ……いや、もういいぜ。最初からなんでもできたら、人間、苦労はねえからよ。戦いになったら……無理するなよ。絶対、オレの指示に従えよ」
「は……はい」
「おっと……聴こえるか?」
フレイラが身を低くし、木々の合間をのぞいた。カンナは雨音と風の音しか聴こえなかった。メガネに水滴が流れ、目もよく見えない。
「何か食ってやがる。何かって……きまってるがな」
大きな小山が動いていた。それは竜の背中だった。鎧状の大きな甲羅だった。雨にぬれて黒々と光っている。長い尾も見えた。尾の先端に刺だらけの瘤がある。これが通称・モグラという、地中潜行型の土潜竜だ。
土潜竜が藪を揺らして向きを変えた。全長はおよそ五十キュルトで、尾が長い。背中の高さは二十キュルトほどだろうか。大きいが、竜としては中型だった。翼はもちろん無い。前足が地面を掘り進むため、
「竜が家畜や人を食いやがるから、オレたちは食うものが少ねえ。そりゃ、金を払えばなんでも食える。金のねえ連中は、冬はたいへんだ。……そのかわり、オレたちがぶっ倒した竜を食ってるんだ」
やっぱり、ここいらじゃ倒した竜を食料にしている! カンナは衝撃だった。ウガマールでは考えられないことだったが、ウガマールなどは、年に何度か偵察の軽騎竜が現れて大騒ぎする程度でしかなく、南国ということもあって食料はふんだんだった。サラティスはまだウガマールからの交易路を確保しているからましで、北方のストゥーリアでは、冬は深刻な食料危機に襲われているというのは、本当なのだろう。人を食うとはいえ、巨大な肉の塊が手に入るのならば、それを口にするのは自然だった。
ここは、竜が人を食い、人が竜を食うという修羅場なのだ!
「バグルスはどこだ……」
フレイラのつぶやきに、カンナは思い出した。そうだ、本命はそっちだ。
竜の影から、やけに太って背の高い人物が現れた。半裸で、雨にぬれている。肌は異様に色白く、肩から背中にかけて黒い鱗があった。短く刈った髪も真っ白で、仮面をかぶったように眼の周囲だけ黒く鱗がある。その目は、真っ赤だった。バグルスだ。人の腕へかぶりつき、その鋭い歯で肉を削いでいる。
「うぇっ……」
白い骨と赤い肉、黄色い脂肪にカンナは気分が悪くなった。食われているのは誰だろう。やはりバスクか。それとも。
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