第20話 死闘

 大理石じみて真っ白いバグルスは、ボロ布をつなぎ合わせた服ともいえぬものを着込み、マントのようにこれもボロボロの長い布をはおって、稲妻と剣に弾かれた右手をじっと見つめていた。あれだけ乾いていたのに、涙と鼻水が流れ落ち、カンナは気力を振り絞ってなんとか立ち上がって、両手で黒剣を構えた。ウガマールで最低限の戦闘の訓練は受けている。


 「コレヲ、見ルシュ……」


 バグルスがその白い掌をカンナへ向けた。カンナは意味が分からなかったが、自然と注目する。火傷と、裂傷が二筋……一つは治りかけで、一つはいまついた傷だ。赤い血がタラタラと滴っている。


 「オマエノ、ガリア……ソノ黒イ剣ノ傷ハ、トテモ深ク、ナオリガ、オソイシュ……オマエハ、アノオカタノ、イウトオリ、シュ、ワレラガルノ……テンテキ……シュ……シュ……」


 確かにサラティス語を話しているのだが、その口や歯、舌の形からか、どうしても空気が漏れてよく判別できない。サラティス語にまだ完全に馴染んでいない耳には、聞き取りにくい。


 なにより、自分の心臓の鼓動が頭の中にガンガンと響いている。息が荒くなる。


 バグルスは傷ついた右手を握り、人指し指をカンナへつきつけ、ここだけはっきりと囁いた。


 「オマエハ殺ス……マダ……ノウチニ……」

 「カス!?」


 カンナの頭で何かが切れた。それが本当に脳の血管だったとしても、カンナはそのまま動いただろう。


 「……わたし……は……カス……でも……ゴミでも……役立たずでも期待ハズレでも無いんだああ!!」


 瞬間、眼をむいてバグルスへ踊りかかる。へっぴり腰であったが、獣みたいな雄叫びにバグルスが怯んで下がったほどだった。


 「わあああああ!」


 踏み込んで黒剣を振りまくった。まともな鋼の剣ならばこの細腕でこのように振り回せるはずも無いが、ガリアはむしろ剣が自ら動いてカンナを誘導する。


 「シィュウウゥ!!」


 鋭く吐息をもらし、鱗が硬質化した刃を手鉤のように手の甲から出して、バグルスが応戦する。ガスッ、と鈍い音がして、カンナはその鉤を一撃で叩き切った。


 「ギィィ!」


 身を沈め、カンナより小柄なバグルスがその尾で足払いをかける。カンナはひっくり返って、地面へ叩きつけられた。受け身をとっていないので、まともに身体を強打し、衝撃で息が止まって動けなくなった。メガネがずれる。


 すかさず馬乗りになってバグルスがその牙を突きたてるも、ずれたメガネが顔にひっかかったまま、遮二無二カンナは黒剣を振り回した。柄頭がバグルスの脇腹へ当たり、バババ! と音を立ててスパークが弾ける。ただの柄当てならば意にも介さないほどの打撃だが、凶悪的な感電にバグルスは伸び上がって横腹を押さえて転がり、痙攣した。これまで幾人かのバスクを殺してきたこのバグルスだったが、このような強烈な攻撃はくらったことが無い。神経を引き裂いたような脳天まで貫く痺れと痛みで、口から泡が出た。眼がくらくらする。なんとか立ち上がり、カンナへ対峙した。

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