第11話 竜の出現

 知らないというより、考えたこともないといったふうだった。マレッティはカンナを連れ、通りにたくさん並んでいる屋台の一つへ席を取った。


 「あっ、ウガマール料理ですね」


 「そおよお。ここにはいろんな都市から料理人がきてるから、いろんな料理が食べられるのお。ワインにする? ビールにする?」


 「いやっ、わたし、お酒は……ちょっと……」

 「ワインを水で薄めたらあ?」

 「じゃ、それで……」


 一か月ぶりに口にするウガマールの釜焼きパンに羊の串焼き、レンズ豆のスープ料理を食べながら、他愛もない会話をしていたが、突如として大きな物体がぶつかって建物の揺れる音がし、人々の悲鳴と動物の咆哮が轟いて、振り向くと建物の壁にしがみつく大きな翼の影の中に赤く明滅する発光器が見えた。


 「り、竜だ……!」


 カンナが席を立つ。周囲の人は、しかし、さすがバスクの集まり。誰が指示をせずとも、店の者を誘導して逃がし、何人かは果敢に竜へ向かって行く。蛇のように細長い身体と高速で宙を舞う大きくてシャープな翼、長い顔と短く太い手足、長さは五十キュルト(約五メートル)ほどの中型の竜で、カンナも興奮した。中型とはいえ、並の人間では歯も立たない。まさか、サラティスのど真ん中に、こうもたやすく竜が現れるとは。さすが竜との戦いの最前線基地だ。あんな竜は、郊外へ探しに行くものだと思っていた。


 「マ、マレッティ、わたしたちも……」

 しかしマレッティはすました顔で席に着いたまま、肉を頬張っている。

 「マレッティ!」

 「あわてないのお。カンナちゃん、すわって。座りなさいってばあ」

 マレッティは強引に腕を引き、カンナを席へ戻した。


 「いいことお、あんな偵察の軽騎竜なんか、カルマが相手にするものじゃないんだからあ。モクスルやコーヴの連中がほら……もう倒しかけてるじゃない」


 確かに、数人のバスクがそれぞれのガリアを……みたところ槍、弓、それに光の縄か……あるいは鎖のようなものを駆使し、既に暗闇に浮かび上がる竜を押さえつけにかかっていた。竜の叫び声が、轟然と夜空を揺るがす。カンナはその光景を恐ろしげにみつめた。あんな竜、ウガマールに現れたらそれだけで都市をあげての大騒ぎである。それが、ここでは「カルマが相手をするものではない」という程度なのか。


 しかし、その竜が口より渦巻く炎を吹き上げて、光の線にからめられ苦しげにのたうち回り、飛び上がろうとして押さえられ、カンナたちのいる屋台へ向けてつっこんできたので、カンナより速くマレッティがゴブレットを持って逃げ出した。


 「えっ、ちょ……ちょっと、逃げるんですか!?」

 カンナもあわてて後を追う。

 「カルマはタダ働きなんかしないのよお! さ、はやくはやく……」


 竜の吐きつける炎に背中を照らされて、マレッティは路地に入った。暗く、カンナはついてゆくのがやっとだった。あまりに先へ行くのでそれが怖くなり、カンナは叫んだ。


 「マレッティ、待ってッ……待ってってば!」

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