第4話 赤竜のダール

 続けて女性は違う書類を丸めて帯をし、ベルを鳴らした。すぐにカンナと同じほどの年の少年が現れて、その書類を受け取ると暗がりの中に消えた。塔の下男だ。


 そして女性は再び下を向き、黙然と次の書類を書き始めた。一体何を書いているのだろう。そっとのぞいたが、小石のようなものを並べた盤でその小石をこまめに動かし、ひたすら謎の数字を羅列していた。


 「……これは、簿記の計算をしているのよ。塔の経理は全て私がやっているの。他に仕事の手配とか、みんなの報酬の分配、必要経費の処理も……部屋は、空き部屋がたくさんあるから好きなところに。分かったら早く行って。気が散って邪魔」


 カンナはすぐにその場を去った。


 ホールの内部は壁へ沿って階段があり、上階へ上がって行けた。蝋燭の炎が、階段を螺旋に導いている。塔は外から見るとゆうに十数階はあるが、中は大きく三層に別れていて、一階は吹き抜けのホール、中階は複雑に部屋が重なっており、幾つかの居室になっていた。窓がふんだんにあり、暗がりに目の慣れたカンナは眩しさに手で顔をおおった。ドアの数からしておよそ十部屋ほどあるように思ったが、表札番号があるのは数部屋のみだった。その階の真ん中にまた螺旋階段があり、さらに上がって行くと、上層部へ到った。最上階にはまた大広間があって、ここは再びとても暗かった。人の気配がしたが、よく見えなかった。ただ、真正面の大きな椅子に、大柄な女性が長い脚を組んで座っていた。ぼんやりと燭台の灯に濃い影が浮かんでいる。


 それが玉座に座る女王に見えたので、カンナは思わずひれ伏そうとした。

 「私は、そのような高貴な身分ではない」

 落ち着いたアルトの声が響く。しかし、あまりに感情のこもっていない、冷たい声だった。

 「黒猫から報告を受けている」


 女性が椅子から立った。大きい。カンナは見上げた。二十キュルト(約二メートル)はある。女性はゆっくりとカンナへ近づいた。誰かがサッとカーテンを開け、日光が差し込んだ。カンナは再び目を細め、手を額にかざした。いま気づいたが、部屋の中には何人もの下女がいる。


 午後の強い日差しに、女性の赤く長い髪と、竜の鱗で作られたと思わしき軽装甲の真紅の鎧がさらに赤く映えた。鼻筋が高く、眉も赤くひきしまり、顎が細かったが、その身体は男にも負けない筋肉で覆われているのが鎧の上からも分かった。そしてカンナを見下ろすその紅い目は、光に瞳孔がキュッと縦長になる。


 (この人……竜の血を引いている……!!)

 カンナは恐ろしさで息が止まって、ただ小刻みに震えて女性を見上げるだけだった。


 「私はアーリーだ。可能性は92。もう二十七年も、ここでバスクをしている。……フフ、可能性は92だが、いつまでも世界を救う兆候は無い」


 その自虐の笑いも、まったく表情を変えない。髪の色とその真紅の鱗鎧から察するに、アーリーは赤竜との半竜人ダールか、その子だろう。竜との混血人というのは、話には聴いていたが、本当に存在するとは思わなかった。見た目は人間の二十代中ほどだが、いま彼女が云ったとおり、その倍か三倍の年月を既に生きているはずである。

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