夏の一幕(R18)

 7月のはじめの一人用下宿。夕方前の明るい光がカーテン越しに差し込み、ふわあーっと扇風機がかろうじて部屋の空気を回す。むしっとした暑さが強まる気候の中、壁際についたベッドに寝転がったふたりが、ふとお互いを見るのを箸休めする。

「はあー…ふふ…」

 慣れた態度で岬が満足そうなため息をつき、顔の汗を拭く。昼過ぎに鳶の下宿に帰ってきて、それから気づいたら何時間か。ベッドの周りには、てきとうに脱いだ男物の服と、静かに一所にかためて脱いだ女物の服がひと揃え。肌に汗をしっとりと流して夢中になって疲れをためて、いったん落ち着いた。

「今の時期からもう暑いな、おい」

「ん、ほんとに」

 鳶が岬を可愛がる体勢から、気持ちそっと自身を引き抜き、ベッドに腰をついて座り込む。机に手を伸ばしてティッシュ箱を引っ張ってきて、自分のものへくるくると巻いて拭きつつ、岬のほうも拭いてやる。

「はいはい、貸して」

 岬が苦笑いしながら左手でティッシュを受け取り自分のそこへあて、いっしょに右手は何も持たず伸ばして、直に鳶のひたいの汗を拭く。

「してるときにあんたの汗垂れてきて、何回か目つぶっちゃった。あんた気づいてないでしょ?」

「お前だってじっとりしてただろ。あんだけベタベタしたんだ、どっちの何か分かったもんじゃねえよ」

 寝転がる腰を動かしたら漏れ出てきそうなのを、シーツに垂らして無駄に汚さないように一緒に何枚もティッシュをあてがう。

「もう、やめてよその言い方」

 左手をついて少しだけ体を起こし、いつものように鳶のぺとりと汗の湧く胸板をぺち、と叩いてみせる。

「はは。よかったか?」

 鳶は言いながら、さすがに疲れたのか腰をずらして壁にもたれかかり、岬にぬぐってもらった顔からぐしっと改めて汗をとる。

「んー…。そりゃ、まあね」

 岬はぐしょぐしょになった背中までの黒髪を気にして手をやり、まとめ直す。さんざん受け入れてヒリヒリと気持ちのいい痛みが残る腰を控えめにずらし、開きっぱなしの脚で体を支える。

「髪の毛も汗だくだろ?」

「いつもこうなってるよ。シャンプーしてセットし直さないと。あーめんどくさ…」

 髪をぶわっといったん枕にやり、ふう、と息をついて横たわり直す。

「最初はそうやって枕のほうにやってるよな?くしゃくしゃにならないようにさ」

「うん。そのつもり」

「でもしてるうちに俺がお前ごと抱きかかえちまうから、意味ないよな」

 にやあーっとスケベな笑みを向ける鳶を、

「…ほんとに」

 岬の半目が呆れたように見る。

「おーい、怒るなよ。俺は楽しいぜ。岬、お前だってきっと楽しいだろ」

 相変わらずの的外れで嬉しそうな鳶の表情に、

「…ふっ…。全く、あんたって、バカじゃないの」

 岬はつい吹き出す。夏に向けて絞ったらしい、ややすんなりしたお腹に力が入って、腰がちょっと浮き、

「…んっ。あちゃぁ」

 鳶に出されたものがとろりと出てきて、慌ててティッシュをあてがい直した。

「…出てくるもんだなあ」

「あんたがやったんでしょうが」

 わざとらしく嫌そうに眉を曲げて、左目をぎゅっとつぶりながら鳶のほうを今度は睨む。

「…ほ。落ち着いたみたいだな」

 様子を見てひと段落着いたところで、岬は気付いたように鳶のほうを向き直し、すすっと鳶の隣に来る。

「…どうした?」

 左にくっついてきた岬を、目をパチッと見開いて鳶が見る。

「えへへ」

 寝転がっていたときから変わらず裸のまま、鳶の腕に肩を寄せる。身長差でずれて鳶の二の腕に肩をくっつけて、しとっ、と張り付く感触をみる。

「え?おい、岬?」

 鳶は戸惑いながら、さあーっと扇風機の風を一緒に浴びる。

「あんた、汗すごいよ。乾いてない」

「おいおい、くっつくとベタってするぞ?」

 嫌じゃねえのか?と含め、文句を言われる先回りで言ってみせるが、

「そう?」

 岬は、わざとすっとぼけたようにして腕に顔をすりつけた。

「岬?お前顔赤くないか」

 鳶は可愛がっていたさっきまでの雰囲気とはまたちょっとだけ違う甘えた顔つきが気になったが、

「…だって、あっついでしょ」

「…まあ、そうだな。あとでちゃんとシャワー浴びなきゃな」

 たまにはこうさせてよ、という裏の意味がさすがに読み取れて、そのかわいさにこれ以上言うのはやめにした。

「一緒にねー…」

 薄目を開いて幸せそうな笑みを浮かべる岬へ、

「それまでもうちょっとこうしてるか?」

 馬鹿な鳶の頭でもできる返しが、するっと口から出る。

「えへ…」

 岬が、鳶の喉元めがけ、ぐいっと顔までくっつける。

「とんびぃ」

 胸板から首筋にかけて甘えきって顔をすりつけて、しっとり貼りつきあう肌をぴたぴたと合わせ、のどぼとけで止まってにへらと笑う。いろいろな意味でこれでもかというほど、大事に大事にかわいがってくれるこの男へ、とびきりの表情を見せる。

 鳶が、真下にある顔と目を合わせる。とろんとした岬の笑い顔。昔から変わらず、今は自分にだけ見せてくれる、そのかわいくて仕方のない表情をじっと見たあと。

「みさき」

 互いに顔を近づけて、チュッ、と口づける。

「へへ…」

 顔を見合わせて笑い、そのまま一緒に部屋のどこかをぼうっと見る。扇風機が中途半端に回り続ける音を、岬は目を閉じて鳶の心臓の音と混ぜて、鳶は岬の質感と息を確かめながら聞き続けた。

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鳶岬 縁綬 @enjyu13977

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