WAKER

碇直人

第1話 始まりは唐突で

 真っ暗な部屋に充満する澱んだ空気、暗闇の中で青白く光るパソコンを永遠と弄る一人の青年が居た。


 彼の名前は"月川桃義"17歳。


 桃義の一日は、飯を食う、寝る、パソコンを弄るという、ルーティンをかれこれ二年も続けている。この二年間は、外出という外出はせず、真っ暗な自分の部屋に閉じこもっている。


 彼を世間一般で言う、"引きこもり"という奴だ。



 そんな桃義は、机に足を乗り出して椅子にもたれ掛かり、一言呟いた。


 「死にてぇな……」


 そんな一言が、真っ暗でどんよりとした空気が漂う部屋に虚しく響いた。


 桃義は右手首を虚ろな瞳で見つめてある事を思いついた。


 ――これだ!


 机から脚を降ろし勢いよく起き上がる。机に置いてある文房具入れからカッターを取り出し左手首に刃を添えた。


 桃義の心臓は勢いよく鼓動し、息は荒くなり手首を凝視する。カッターを持った右手はカタカタと震え刃先を左手首に添えたが、結局カッターで自分を傷つける事はなかった。


 桃義は、目に涙浮かべながら悔しそうに一人呟いて、激しく渦を巻くような心情に駆られた。


 「クソッ……。俺って奴は……ウッ……」


 (いつもこうだよ。死にたいと口にしながら、思いながら、いざ実行に移そうとしても何も出来やしない。リストカットすら俺には出来ないんだ。死ぬ勇気もなくこのまま静かに腐っていくのを待つしかないなんて……。俺は一体どうすればいいんだよ。誰か教えてくれ。誰か助けてくれ。誰か……。)


 桃義は、手にしたカッターを机に置き、自分に落胆しながら椅子に座り込んだ。血の気が引いて真っ青な顔は涙で濡れ、パソコンの青白い光だけが桃義を照らしていた。


 そんな桃義の気持ちを無視するかのように突然パソコンの画面が切り替わった。


 パソコン全画面に表示されたのは無秩序に並べらた記号と数字だった。彼は画面を見た瞬間急いでマウスでクリックする。


「なんだ!?一体どうしたんだ?なんにもしてないのにウィルスに感染したのか?頼むよ勘弁してくれよ」


 クリックしてもパソコンは言うことを聞かない。電源をOFFにしょうとボタンを押しても画面はバグったままだ。


 慌てふためく桃義をさらに無視して画面が切り替わり見たこともない文字の羅列が映し出された。


「ヤバイ。なんだこれ?!ヤバイってこれ。クソっ電源ごと落とすしかないや」

 桃義は慌ててパソコンのコンセントを抜いたがパソコンは動き続けた。


「マジか!どうなってるんだよこれ?もう!電源抜いたのに!」


 桃義には理解出来ない状況が続きパソコン画面が謎の文字一杯に埋め尽くされると同時に地震が起きた。その地震は立っていられない程震度で、机に置いてあるペンケースや本棚に収納されていた本達が次々と床に落ちる。 

「うわぁ!なに!!なに!?ヤベッ!?」


 パソコン画面が真っ黒から急に真っ白な光に切り替わり眩しく光始めた。その瞬間、床に真紅の魔法陣が浮かび上がり眩い光に桃義は包まれてしまったのだ。魔法陣から衝撃が放たれ桃義は吹き飛ばされてしまった。


「うわぁぁぁぁぁ!」

 壁に後頭部をぶつけてしまった桃義は気絶してしまった。


 数分後、彼は横向きに倒れた姿勢から静かに目を覚ました。そして、頭に手を当てながら言った。


「あれ、俺気絶してたのか?頭イテェ、一体全体何がどうなってるんだ?ってえっ!?」


 桃義の目に入って来たのは、地震と魔法陣の衝撃のせいで本棚から飛び出た本でメチャクチャになった部屋のど真ん中で、血塗れの黒いローブを被った人間がうつ伏せで倒れていたのだ。


 (おいおい誰なんだこの人?俺が気絶してる間に何があった?てかどこから現れた?しかもなんで血塗れなんだ?マジやべぇ!!取り敢えず安否確認して救急車と警察を呼ばないと。)


「あの、だ、大丈夫ですか?」

 桃義は恐る恐る血塗れで倒れている人物に近寄り声を掛ける。


「あぁぁ……」

 血塗れの謎の人物は桃義の言葉に反応し、体をピクピクと動かし唸り声を出した。そして、前髪で隠れた顔を上げて桃義にこう言った。


「みぃ、みじゅぅぅぅぅ……」

「はい?今なんて?」

「みぃ、水……」

「水?水ですね。今持ってきますから。ちょっと待ってください!」


 桃義は慌てて部屋を出て台所にある冷蔵庫から水の入った1.5ℓのペットボトルを持って行った。


「はい、水ですよ」

「はぁ!ミィィズゥゥゥ!」

 桃義は謎の人物にペットボトルを渡すと、ラッパ飲みで水を勢いよく流し込み、あっという間に中身は空になった。


「ぷはぁー」

 この血塗れの謎の人物は水を飲んで渇きを癒したのか立膝をついて座り直し、右手で金髪をかき上げた。そしたらだ、前髪で隠れていた顔が露わになると、血で汚れてはいるが色白で鮮やかな青い月のような瞳を持った、端正な顔立ちの美女が現れた。


 その彼女の美しさに桃義は思わず息を飲んだ。


「水をくれてありがとう。助かったよ」

「いえ。どうってことないですけど、お姉さん血が凄いですけど大丈夫なんですか?」

「血?あぁこれは私の血じゃないから問題ない」

「えっ!?」


 (自分の血じゃないとはどういうことだ。返り血でも浴びたのか?いや、返り血ですか?なんて気安く聞けないぞ。一体何者なのか凄く気になるけどこんな可愛い子を前にして何を話せばいいんだ頭が働かない。)


「ここは一体どこ?あの世のなの?」

「へっ、あの世じゃないですよ。ここは、自分の家です。あの世って言うよりも牢獄に近いですけど。あの俺は、月川桃義って言います。俺の事は桃義って呼んでください。あの、お名前は?」


 桃義は顔を真っ赤にして絞り出すように言った。彼女はどこか不思議そうに桃義の事を見つめて口を開いてこう名乗った。


「私の名はシャルリアン・・・」

「あっ、シャルリアンさんですね。よろしくお願いします」

「シャルリアンでいいよ。呼び捨てで」

「あっ、はい」


「聞きたいのだけど、ここはあの世じゃなければここはどこなの?」


「えっと、何ていえばいいかな?うーん。ここは日本って言う国で、そこの首都の東京ってところに今家があるんですけど、まぁ外を見てもらえばよくわかると思います」


 そう言うと桃義は締め切られた窓と雨戸を開けると東京の夜景姿を表した。春の夜風が空気の澱んだ部屋に入って来る。

 窓を開けた瞬間にシャルリアンは急いで立ち上がり、桃義の横に立ち、身を乗り出し目を大きく見開いてマンションから見える街並みを一望した。


「な、なんなのここは?辺り一面高い塔ばかりじゃないか!いったいこれは……」

 東京の景色を見て驚きを隠せないシャルリアンは桃義と同じ様な疑問を頭に浮かべていた。


「あのシャルリアンさん?」

「シャルリアンでいいって」

「じゃあ、シャ……シャルリアン……」

「あなたが私をここに呼んだの?」

「いやいや。そんな魔法みたいな事できるわけないよ。どうして君が俺の部屋に来たのかこっちが聞きたいぐらいで」

「別の誰かが仕掛けたって事ね」

「あのシャルリアンはどこから来たの?」

「私は……」

 シャルリアンが質問に応えようとすると、シャルリアンの第六感が働き険しい表情で外に目をやり辺りを見渡す。


「どうしたの?」

「どうやら、ここにも魔物がいるようだ」

「魔物って。そんなのおとぎ話なら沢山あるけど。現実には……ってシャルリアン!?」


 桃義が喋っている最中シャルリアンは窓から外へと三階マンションから飛び降りたのだ。シャルリアンは難なく地面に着地してどこかへ向かって走り始めた。


「おいおい嘘だろ!ここ三階だよ。ってかシャルリアンどこ行くの?」

 桃義はシャルリアンの事が気になって彼女を追う事にした。急いで上着を着て靴を履き慌てて家から出た。


「ハァハァハァハァ。あ、あの子走るの早すぎぃる。もう超キチィーよ。ハアハア」


 桃義が息を切らせてシャルリアンを追って行くと近所の公園に着いた。


 桃義が公園を見ると目を疑う光景が広がっていた。そこにはシャルリアンと気を失った女子高生の腕を掴んでいる、全身黒ずくめの不審者が居たのだ。


「お前らなんのようだ?」

 不審者がドスの効いた声で2人を威嚇する。

 桃義は、その不審者の異様な雰囲気に押され身体中に鳥肌が立った。


 (なんだアイツ。女の子手を掛けて居やがる。通り魔か?てかすげぇ迫力だぞ。なんだか、蛇みたいな目だ。アイツに睨めまれてるだけで足が震える)


「何の用?あんたこそ一体その子をどうするつもり?さっさとその子を離しなさい。化け物!」

 すっかり蛇に睨まれたカエル状態の桃義をよそにシャルリアンは堂々とした態度で発言した。


「ば、化け物って、何言ってるの?どっからどう見ても人では?」

「いいから下がっていて。今に全てわかるから」

 シャルリアンはそう言うと、左手で桃義に下がるようジェスチャーをした。


 そして、不審者が女子高生の手から離してこうシャルリアンに向かって言う。


「まさか。俺の正体を見破るなんてな」

「隠す気なんてそもそもないでしょ?人の血の匂いがプンプンしているし殺気が溢れ出てる。それで隠してるなんて笑わせるないで」

「クックッ、そんな口を叩いた事もすぐ後悔するさ。今日は娘2人と男1人の夕食だ!さっさと殺してやる!!うあぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 不審者は喋り終わると帽子とコートを脱ぎ全裸になった。スキンヘッドで能面様な顔と筋肉質な体が露わになったが、数秒もしないうちに身体が見る見る内に変形し、頭と下半身が黒い山羊の化け物になった。体長が2メートル以上あり何と異形な姿だろうか。


「エッー!なんだアイツ!変身しゃがったぞ!バ、化け物!」

「どこの世界にも似たような化け物っているもんだな。悪魔種かな。桃義。アイツが私に攻撃を加えてきたら横から走ってあの子を保護して」

「えっ……。君はどうするの?あんな化け物に勝てるわけがないだろ?」

「今に見ていればわかるさ。死にたくないなら走って」

「……あぁ、はい」



 恐怖で腰を抜かして戸惑う桃義とは対照的に落ち着き真剣な表情を浮かべるシャルリアン。性別は女、しかも丸腰でどこからそんな自信が出てくるのか桃義には不思議でしょうがない。


「何余裕かましてイヤがる!」

 羊の化け物はシャルリアンの余裕ぶった態度が気に入らなかったのか鼻息が荒く、クラウチングスタートの姿勢から一気に走り出した。標的はもちろんシャルリアンだ。


「ほら、走って!」

「おぁ!」

 化け物が動くと同時に、桃義も羊の化け物の視界に入らぬ様横からすり抜けるよう女子高生の元へ走っていった。


「グルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアァァァァ!」

 すぐに羊の化け物の鋭く尖った爪がシャルリアンに襲い掛かった。交通事故を連想させるかのような衝撃音が鳴り響き。土煙が化け物とシャルリアンの姿を隠すように大きく宙を舞った。


「シャルリアン!」

 桃義は走りながらシャルリアンの事を心配して大声で叫んだ。

 だが、羊の化け物の手元にシャルリアンの姿はなく、彼女は消えてしまったのだ。


「なに、どこへ行った!?」

 羊の化け物が慌てて辺りを見渡し探すがどこにも居ない。

 桃義も女子高生の元へたどり着き立ち止ったがシャルリアンの姿がない事に驚きを隠せない。


「シャルリアン。ま、まさか!?」

 勘の良い桃義は静かに夜空を見上げた。桃義に遅れて化け物はようやく気付いたのか目を見開き空を見上げた。


 そうシャルリアンは宙にゆったりと舞っていたのだ。彼女の周りの空間だけ別の次元で時間が進んでいるかの如く美しく優雅でもあった。


そんな彼女の手元を見ると、目を覆う程に青く光り輝く 蒼い宝石がはめられた黒い杖を具現化して見せた。

 そして羊の化け物を倒すべくシャルリアンは美しく宙を舞いながら呪文を唱え攻撃を加えようとしていた。


悪しき者に天罰を下さん!月の涙ムーン・クライ!」


 シャルリアンが詠唱すると、杖から数十個の蒼い光の弾丸が流れ星の様に降り注ぎ、羊の化け物体を貫抜きド派手な爆発を引き起こしたのであった。


「ウギャャャャャアァァァァァァアァァァァァァベェェー!」


 公園に羊の化け物の断末魔が響き、羊の化け物の身体が吹き飛び見るも無残な姿になったのは言うまでもない。

シャルリアンの魔法の破壊力で土煙が立ちこみ衝撃波が桃義に及んだが、桃義は女子高生を守るために身を丸め自分の体を盾にした。


「大丈夫か?桃義」

 桃義はシャルリアンの声を聴き、身を起こすとシャルリアンがすぐ側で杖を持って立っていてた。杖を横にしてお尻の辺りで両手で持っているがその姿は何とも可愛いらしい。彼女がついさっき凶悪な化け物を仕留めたとは誰にも思えないだろう。


 公園はシャルリアンの魔法により地面が穴ぼこだらけで遊具も滅茶苦茶になっており、羊の化け物の残骸が白い煙を立てながら灰になっていた。その光景が桃義の目に入り言葉を失い、ただただ唖然とした公園を見つめていた。


「聞こえているの?」

「あぁ……。大丈夫。大丈夫だよ。なんか信じられなくて……」

「化け物も魔法も見たことがないんじゃ仕方ないさ」

「あぁ……」

「それより、あなたの腕に抱かれているその子は大丈夫なの?」


 シャルリアンに指摘されると急に顔が赤くなる桃義。彼は生まれてこの方母親以外の女性に自分から触れた事がないのだ。

 しかも、桃義の腕に抱かれている女子高生は、色白黒上ロングでナイスバディの可愛い女の子だから赤面するのは無理もない。

 指摘されてから急に自分の腕に抱いている女子高生を意識してしまう桃義だった。


「あぁ、そのこれは……」

「何を顔赤くしているの?」

「いやだって……」

「まぁいい。ケガがないか念のため治療しょう」

「治療ってどうやって?」

「こうやってさ」


 シャルリアンが桃義に抱かれている女子高生に近づき彼女の豊満な胸に右手を当てると、手が青く光り出したのだ。シャルリアンが放つ神秘的な光に桃義はうっとりしとした表情を浮かべ思った。


(なんて綺麗な光なんだ。見ていると引き込まれてしまいそうだ。それにしてもこの子どっかで見たことある様な……)


「これでよし」

「もう治療お終い?」

「あぁ、どこも異常ない。時期に目を覚ます」

「良かった無事で。シャルリアンって一体何者なの?」

「しいていうなら、か弱い乙女かな」

「……」

「なぜ黙る?」

「いや別に……」


 桃義が若干引きつった表情を浮かべ、言葉につっかえた頃、二人の会話を裂くかのように救急車と警察のサイレンの音が遠くから鳴り響き公園に近づいていた。


「この音は一体なに?妙に胸がざわつくな」

「たぶん警察か救急車だね」

「救急車?警察?なんなんだそれは?」

「救急車は病人やケガ人を病院に運んでくれるありがたい人達で。警察は悪人から治安を守ってくれる人達だよ」

「ほぉ。そんな人間たちがこんなにも早く駆けつけてくれるのか?この国はすごいな」

「取り合えず俺の家に戻ろう。こんな恰好じゃ警察に事情聴取されてもややこしいからさ。彼女も時期に目を覚ますなら警察に任せよう」

「そうだな。そうしょう」


 シャルリアンは頷いて、さりげなく白い杖を手品の様に消してみせた。桃義は着ていた上着を脱ぎ女子高生に上半身にそっと掛けてあげた。何処か優しい目をしていた桃義であった。


「やさしいじゃん」

「これくらいしないと」

「フフッ。では、戻ろうとしょう」

「ヘッ!?」


 シャルリアンは桃義の腰にガッチリと手を回して、次の瞬間には物凄い勢いで跳躍し、まるでバッタの様に空中を移動し始めた。

 一蹴りで何十メートルも宙に浮き移動するのだから変な絶叫マシーンよりも恐怖があるだろう。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー。シャ、シャルリアァァァァァァン―!」

 突然宙を舞う事になった桃義は腹の底から悲鳴を上げるのであった。



 二人が立ち去った数十秒後、美人女子高生は目覚め、目を擦りながら起き上がった。


「あれ、私なんでこんな所にいるんだろう?あれ?このジャージは?」


 女子高生は気を失っている間に起きた不思議な出来事を知るよしもなかったが、桃義が掛けてくれたジャージを不思議そうに見つめていた。


 こうしてシャルリアンと桃義のドタバタな物語が始まるのであった。

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WAKER 碇直人 @nanaoto

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