トゥルーエンディング

@yutorisan

第1話トゥルーエンディング


 その勇者の旅路はちょうど終わろうとしていました。


 勇者と魔王の決戦は今まで歌われたどんな戦争よりもひどくおぞましいものでした。二人の戦いは三日三晩続き、ドラゴンの姿に戻った魔王はとうとう地面に倒れ伏しました。

「殺せ」と唸るドラゴンに対して、勇者はモジモジして言いました。


「好きだ」

「は?」

「ずっとずっとお前のことが好きだった!」


 呆気にとられているドラゴンに対し、勇者はドラゴンの好きな所を恥ずかしそうに述べていきます。

 輝く玉虫色の鱗。手入れの行き届いた長い爪。夜鳴き草のように艶やかな睫毛。そして愛嬌に溢れた大きな瞳。

「この姿を見せるのは初めてのはずだが」ドラゴンは困惑しました。

 勇者は年相応の青年のような狼狽ぶりを見せ、慌てて言いました。

「図書館の町で、かつてのお前についての本を読んだんだ」そして、少し目を伏せます。

「司書は熱心な勇者だと思っていたけれど、内心は後ろめたい気持ちでいっぱいだった。お前の逸話は俺の中の魔王をどんどんお前に近づけてくれた」

 ドラゴンにしても奇妙な話でした。かつての逸話と言っても、人間の国に残っている魔王の話なんて碌でもない話ばかりに決まっています。

 いつのまにか勇者は落ち着きを取り戻し、ドラゴンに向き合って語り始めました。

「最初は義務感だった」その顔つきは成し遂げた戦士のものに戻っていました。「だけど戦い続けている内に、お前の用意したダンジョンや罠、そして魔物がどれも俺を試すようなものばかりだと気づいたんだ」その声色は喋っているうちに確かな熱を帯びて「それからは、魔物の配置や、その造形に興味がいくようになった。『こいつは何で、俺を試すような事をするんだろう』『俺をひと思いに殺すことができるだろうに、それをしないのだろう』

 俺は、世界を通して、お前に興味を持っていった」

 ドラゴンの押し殺した息吹が相槌のように広間に響きました。 

「力ずくでも奪いたいほど、好きだ」

 ドラゴンは呼吸を整えるように大きく息を吸い込んでから、鼻で笑いました。

「ハッ……貴様は、そもそも我の性別すら知らぬだろうが」

「女の子だろ」

「なぜそう思う?」

「戦闘中に回り込んで尻尾の付け根を確認した」

 大木のような尻尾がぶん、と唸り、勇者を横薙ぎに吹き飛ばしました。

「貴様はデリカシーというものがないのか」

 

「というか今更まおゆうモノか」

「どちらかといえば、ゆうまおだ」

 勇者は答え、またもドラゴンの瞳を見据えました。

「190ターンも戦ってたんだ。そこらの姫君よりも、お前の方がはるかに俺には近く感じられる。鱗、傷つけてしまってごめんな。奇麗だったのに」

「こんなものすぐに再生する」

「柔らかい部分は攻撃から外そうとしたんだ、卵うめなくなったりすると困るし」

「貴様ごっつい気色悪いな」

「だけど、お前は手加減を許しちゃくれなかった」勇者は笑いました。


 ドラゴンはたっぷりと時間をかけて悩んでから、こう言い放ちました。

「そもそもお前は奪われた姫を助けにきたのだろう?」

「いや、報酬はもはやどうでもいい。途中から旅の目的は変わっていたんだ」

「では、王国の未来はどうする?」

「俺はお前と話をしにきたんだ」

 ドラゴンの拒否する理由もだんだんと弱くなっていきました。勇者は最初からそのつもりだったかのように、もしくは舌が回り始めたのか、ドラゴンのどのような質問にも口説きで返し始めます。

 問答は戦闘よりもずっと早く決着がつきました。

 ドラゴンはとうとう言葉につまり、ため息を一つ吐きました。

「おろかものめ……」

「仕方ないだろ。好きだ。お前を好きな気持ちだけは止めようがないんだ」

「黙れ、黙れ! 人間というものを知っているぞ。ずる賢い頭で考え、口で容易に嘘をつく」

「ならば俺の頭を潰し、口を塞げば良い。想いは心臓から湧き出るものだ。お前がこの鼓動を止めない限り、俺はお前を好きでありつづける」


「想いは湧き出し続けるのか」

「お前と離れている限り」


「想いを止める術はないのか」

「お前が傍にいてくれれば、少しはマシになるかもしれない」


「貴様はおおばかものだ。ラスボスに惚れる勇者があるか」

「もっと言ってくれ」勇者は哀願するかのように、瞳を潤ませてドラゴンを見つめました。

「もっとお前の声を聞かせてくれ」

 しばらくして。

 ドラゴンは、すまなそうに、こちらを一瞥しました。


 羽ばたきが風をうみ、その数秒後には、広間には戦いが終った後の匂いとゆらめく蝋燭の炎だけが残されました。

 玉座の裏の隠し部屋から一部始終を眺め、聞いていた私の喉はからからに渇いていました。


「許さない」


「許せない」


 これが私の、彼らを追い詰めた顛末です。

勘違いをしないでほしいのは、私のほうこそ初対面の彼を好きになる可能性なんてこれっぽっちもなかった、ということ。なので、これは奪われる以前の問題であること。

 私をここまで駆り立てたのは、嫉妬ではありません。

 いち人類の義務として、ここに立っているのです。そう言うとお姫様は剣を突き立てました。勇者とドラゴンはお互いをかばいあうように、心臓を貫かれ死にました。

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