<後編>

俺がCTスキャン装置のベッドで目をさますと、俺のもっとも頼りになる友人、そして未来の研究所所長、真鍋冴子こと通称サイコが、無邪気に目をキラキラさせて、興味津々に顔を覗き込んで来た。


サイコ「ねえねえ、何周目? 何周目?」


俺「2周目だ…。5年先の未来からおまえの装置で戻ってきたんだよ。」


サイコ「うっひょう! マジか! 私やっぱり天才だなー!」


俺「ああ、おまえはマジですごいやつだよ。本物の天才だ。」


サイコ「あっはっは! まっちゃんに褒められるとなんか照れるぜー! んで、1周目はどっちにしたんだい? 今度はどっちを選ぶんだい?」


俺「1週目は麗子を選んだ。でもうまく行かなかった…。やっぱり自分の身の丈に合った相手が一番なんだな。次は田中幸子と付き合ってみるよ。」


サイコ「そうかそうか! あたしゃ、まっちゃんの選択を全力で応援しとるからな! だが、もしうまく行かなかったらまた相談に来るが良い! 待ってるぞい!」



そして、俺は『田中幸子』を選んだ。


俺と幸子はまもなく結婚し、貧乏ながらも協力し合い、幸せな家庭を築いていった。


無我夢中で生きていると月日が過ぎ去るのは一瞬だ。

気がつけば、いつの間にか20年余りが過ぎていた。


医療用ナノマシン薬が発達し、健康面でもリスクの少ない時代になっていた。噂では、このナノマシン薬の発明もあのサイコによるものらしい。


そうだ。あの天才科学者、俺の恩人サイコは今どうしているのだろうか? 数十年ぶりに会いに行こう。そして、お礼を言わなければ…。



俺は会社に有休届けを提出し、久しぶりにあの生機学研究所を訪れた。


出迎えてくれたのはサイコではなく、40代と思われる白衣の男だった。


渡橋「どうも。現所長の渡橋です。冴子前所長のご友人の…、まっちゃん様ですね? お噂はかねがね伺っておりました。」


俺「え、ええ、そのまっちゃんです。サイコは? 所長辞めたんですか?」


渡橋「冴子前所長は、5年前にお亡くなりになりました…。過労で倒れてそのまま…。寝る間も惜しんでナノマシンのご研究に没頭してましたし、その上なにか個人的なご研究もなさっていたようで…。普段は、辛い顔1つせず明るく振舞っておいででしたが…」


なんだ? この男は何を言っているんだ? サイコが亡くなった? 死んだって!? そんなバカな! あのサイコが死ぬなんて…。


俺「そうだ! ハートリーパー、いやサイコが使ってたCTスキャンは!?」


渡橋「あれは使用用途が不明だったので、前所長が亡くなった後に廃棄処分になりました。あれが何か? あ! そういえば、あなたに渡して欲しいと頼まれていたものが…。」


渡橋はそう言って、奥からプレゼント用にパッケージされた小さな箱を持ってきて、俺に渡した。



外はすでに夜の帳が降りていたが、研究所を後にした俺は、駅に向かう気には到底なれず、街灯もまばらな郊外の道をよろめきながら歩いていた。


サイコ…。いつもあんなに元気に俺をはげましてくれてたじゃないか。俺の幸せばかり心配して、自分が死んでどうするんだよ…。おまえが…、おまえが幸せにならなきゃダメだろう…。


俺の震える手が、渡橋に渡されたサイコからのプレゼントを開けると、中には、「HL2」と刻印された、いびつなハートチョコが入っていた。


慣れない手つきでチョコを作っているサイコの姿が目に浮かび、涙が溢れてくる。


なんだよ、これ。意味が分からないよ。なんで今更チョコなんだよ。どうしてあの時に渡さないんだよ。ああ…そうじゃないな。今更なのは俺の方だ。今ごろ自分の気持ちに気づいてる俺は、救いようが無いバカ野郎だ…。


涙と鼻水でグチャグチャになったハートチョコを、俺は半ばやけくそになって、ガツガツと一気に口に詰め込んだ。


口の中で溶けていくほろ苦いチョコの成分が、次第に体中へと広がり、少しずつ全身が熱くなっていくのを感じる…。この熱量は、サイコの愛情か俺の後悔か…。






…いや、違う!


これは、ホロン系ナノマシン薬を飲んだ時の感覚だ! 体中に行き渡ったナノマシンがお互いに通信を交わし、全体で1つのプログラムを実行しようとしているのだ! そうか、HL2ってそういう事か!


全身の体温がどんどん上昇し、脳が体全体に溶け出していくような感覚と共に、俺は意識を失っていく…。





そして…





俺がCTスキャン装置のベッドで目をさますと、俺にとってかけがいの無い大切な友人、そして世界一愛しい存在、真鍋冴子こと通称サイコが、無邪気に目をキラキラさせて、興味津々に顔を覗き込んで来た。


サイコ「ねえねえ、何周目? 何周目?」



<完>

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『チョコとタイムマシン』 プランニングにゃろ @planningNYARO

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