第六話 「嘘」「正夢」「真実」「動画サイト」

 一月……までもうあと僅かな大晦日の深夜。


 最近では鉄道の終夜運転も一般化しており、二十四時間営業の店も沢山ある。

 故に、二年参りも比較的気軽に行うことができて、多くの人々が未だ街には行きかっている。


 僕も半ばなりゆきでその人波の一員となり、電車で十五分ほどの神社へと二年参りに赴くことになっていた。


 奈子と、部長と。


「どうしてまたこれがいるの?」

「ふむ、あまり人をモノのように言うモノではないよ、そう思うだろう、ルトニ君も?」

「え、ええ、まぁ。奈子、なんでそんなに部長を毛嫌いするんだ」

「「……はぁ」」


 僕の反応には、二人仲良く溜息を返してくれた。


 意味が分からないが、一体全体、この二人は仲が良いのか悪いのかまったく掴めない。


 そんなやり取りをしつつ神社についたところで、そこここで新年の挨拶の声が聞こえてくる。


 日付けが変わって、一月一日となったのだ。


 当然、僕達も新年の挨拶を交わす。


「あけましておめでとう、ルトニ」

「あけましておめでとう、ルトニ君」

「あけましておめでとうございます」


 なぜ、三人で言い合うのではなく奈子と部長がボクに言う形になっているのはともかく、として。


「さて、日付が変わったところで今月のお題だ」

「こんなときに、ですか」

「習慣とは続けることに意味がある。毎月決まった時間にお題を出すことが僕の習慣だからね。それに……」


 そこで、奈子に視線を向ける。


「奈子君にルトニ君を経由せずにお題を伝えてしまうのも一興かと思ってね」


 どういう意味だ?


 僕が部長の言葉の意味を捉えかねていると、これまで比較的大人しかった奈子はグルグル眼鏡の奥の瞳を険しくして、部長を睨み付けていた。


 対して部長は笑みさえ浮かべ、マイペースに言葉を継ぐ。


「では、ルトニ君は後でいい。奈子君。君にお題を告げよう。今月は、『嘘』『正夢』『真実』『動画サイト』だ」


「夢が電子化されて動画サイトの配信を見るように好きな内容を見ることができるという正に夢のような機械が発明されるが人々はやがてそれに依存するようになって段々と現実と夢の区別が付かなくなって大変な事態に繋がっていく御華詩」


「え?」


 部長が告げたお題に対して即答する奈子に、僕は思わず声を上げてしまう。


 いつもはなんだかんだとネタを仕込みながら、僕との会話の中で組み上げていっているのに、どういうことだ?


「……お美事だね」


 流石にこれは部長も予想外だったようで、素直に驚嘆の表情を浮かべている。


「どこかで聞いたような話だが、きちんと単語を消化しているね」

「……へぇ、どうやってお題を消化したか、分かると言うの?」

「ああ、僕は分かるとも。ルトニ君は分からないようだけどね」

「そりゃ、分かりようがないですよ。だからこそ、僕は自分に無い発想を奈子に求めているんですから」


 率直な感想だった。

 奈子も部長も僕とは違う次元で会話しているようにしか思えない。


 だから素直に尋ねることにする。


「奈子、そういう次第だから、お題について説明してくれないか?」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、あたしは説明しないよ」


 僕の言葉に表情を柔らかくしたものの、奈子はつれない返事。


 そして、一転して不敵な表情になって部長を指さすと、


「その乳お化けに説明を要求するわ! 本当に分かっているかどうか、試してあげる!」


 と、力強く告げる。


 これまでは、こんな自己主張の強い奈子は見たことはなかったが、部長が絡むようになってからは結構頻繁にこういうことが起きるようになった。


「この僕を試す、か。いいね、そういう積極的な姿勢は」


 こちらも不敵に返す部長。


「では、そこのワトスン君のために、解説してあげよう」

「……やめて、あんたがルトニのことをワトスンとか言わないで」

「君が僕に探偵役を与えたのだよ? 自業自得だ」

「……」

「では、ワトスン君、君も一方的に説明されるだけでなく、意見を交えるがよいだろう」


 絶句する奈子を余所に、そう前置きして部長の解説が始まった。


「先ず、『動画サイト』は比喩的表現で素直だから除外するとして、『正夢』から」

「それは、『正に夢』という分割しだたけの表現ではないんですか?」

「その通りだが、それだけじゃない。『正夢』の意味はなんだい?」

「それは『夢で見たことが現実に起こる』ってことですよね」

「それでは『正に』とはどういう意味だい?」

「え? それは、『確かに』とか『他ならない』といった意味で……」


 何が言いたいんだ?


 この程度の副詞の意味を問われた理由が分からず、尻すぼみに答える。


「そう。だからね、『正夢』という言葉は非常に面白い言葉なんだよ。何しろ、正に夢と書くのに、意味は真逆になるんだ」


 そこまで言われて、僕はようやく理解した。


「『正夢』と言った場合は、夢が現実となってしまうのに対して、『正に夢』と言えば夢は夢以外の何者でもない。そういうことですね」

「そうなる。だから、『正に夢』という言葉遊びだけでなく、『現実と夢の区別が付かなくなって』という部分もまた、『正夢』の解釈。そういうことだろう、奈子君?」

「……その通りよ」


 悔しそうに答える奈子。


 だが、その気持ちは分かる。

 ここまで捻っていたのが、ものの数分で紐解かれたのだから。


「さて、大ネタを解体したところで次は『嘘』と『真実』」


 奈子の生み出す御華詩ではおなじみだが、そんな言葉はどこにも出ていない。

 僕はさっぱりだった。


 だが、


「二つ一組だね?」


 確信の籠もった声で奈子に告げると、核心に触れられたのか奈子が唇を噛む。


 正解なのだろう。


 だが、僕にはやはり想像もつかない。


「いったいどういうことです?」

「いやいや、君は本当にいいワトスン役になれるね。まぁ、それはさておきお題の解体だが、何、単純な話だ。『嘘』と『真実』は字義的にセットにすれば『真偽』と言い換えられる。そして、とある名作の主題歌で出てくる歌詞だが……」


 そこで過去が離れていったり未来は近づいてきたりする歌を、やおら歌い出す。


 この曲は知っている。

 『 Steins;Gate 』の主題歌『スカイクラッドの観測者』だ。

 中々の美声で音程もしっかりしている。何でもそつなくこなす人である。


 奈子もなんだか複雑な表情を浮かべながらも聞き入っている。


 ホームズリスペクトでヴァイオリンも嗜んでいたりして、僕より音楽的な素養はずっと高い。だからこそ、敵視する部長の能力を称賛せずにはいられないのがもどかしいのだろう。


 部長はそのまま、Aメロ、Bメロと歌い、サビに入るところで突如歌うのをやめ、僕を見る。


「さて、サビはどういう歌詞だったかな?」


 唐突な部長の問いではあるが、ここは有名な部分で僕も空で歌える。


「ゼ……」


 思わず口ずさみそうになったが、なぜか歌詞をそのまま語るのはまずいような気がしてきたので、僕は若干ぼかして言い直す。


「えっと、過去を0、未来を1とすれば、現在はどこにもなくなる……って、あ!」


 そういうことか。


「気付いたようだね。『真偽』とは数値で置き換えれば『0』と『1』。これは二進数であり、『電子化』とは突き詰めれば電荷の有無で判定可能なこの二値の組み合わせで全てを表現することに他ならない」

「そしてそれは、動画サイトにも繋がる、ということですね?」

「その通りだ。だけど、それだけに留まらない。『現実』と『夢』も『真実』と『嘘』と言い換えることが可能だから、最後の部分にも通じている。要は、二つ一組にして全体のテーマに組み込んでいるのだよ。そういうことだね、奈子君?」

「ええ、そうよ。その通りよ!」


 自棄になったように、声を大きくして答える奈子。

 探偵志望のはずが、これでは犯人役である。


「うう、そ、そこまで正解されたら、認めるしかないけど……なんで……なんで、あたしとルトニの楽しみにしてる一時を、横から奪うの……」


 先ほどまでの強気が崩れ、涙混じりに訴える。


「奈子……」


 そうか。


 僕の勉強のために付き合わせているつもりだったんだけど、奪われて涙を浮かべるほどに、楽しんでくれていたのか。


 奈子を利用しているようで若干の後ろめたさを常に感じていた僕にとって、これはとても喜ばしいことだ。


 だからこそ、奈子にこんな思いをさせた部長へ、兄貴分らしく(奈子は僕を弟分というだろうけど、こんなときぐらい格好をつけさせてもらう)はっきり言わなければいけない。


「あの、部長。部長の凄さは、普段から接して感じています。だけど、幼なじみを泣かされるといい気はしません」

「……ふむ。ようやく、君の言葉が聞けたね。僕も泣くまでするとは思わなかったから、本意ではない」


 なぜか、優しい表情になって、応じる。


「では、お邪魔したね。僕は先に帰らせて貰うよ。こう見えて受験生だからね。受験勉強をしないといけないのだよ」

「そんなのは必要ないんじゃないんですか?」


 余りにあっさり引くので、思わず引き留めているともとれるような問いを返した僕を、奈子が白い目で見てくる。


 って、あれ? さっきまで泣いてなかったか?


「ああ、受験のためじゃない。周囲に安心を与えるためだ。受験生は勉強するモノだという固定観念に凝り固まった人たちには、『受験生が勉強をしていない』という事実が不要な不安を招くようだからね。ポーズだけでもしておくことにしているのだよ」

「そうですか……」

「じゃあ、来なきゃいいのに。さっさと帰って下さい」


 僕は呆れたように応じ、奈子はさっきまで泣いていたのが嘘のように冷たくあしらう。


「ああ、言われなくても帰るよ。僕の用はもう済んだからね。では、ごきげんよう」


 言うと、踵を返してあっさりと立ち去った。


 用ってなんだったんだ? まだ、お参りも済ませていないはずだけど?


「じゃあ、邪魔者がいなくなったところで行こ!」


 奈子は、さっきまで泣いていたのが嘘のように満面の笑顔を浮かべて言うと、僕に腕を絡めてきた。


 確かに、人が多い境内を移動するとはぐれそうだし、この寒空だ。

 ひっついていても悪くはないだろう。


 僕は奈子に引かれるまま境内を進み、本殿へと向かうのだった。


 イレギュラーな形になったけれど、今月はこれにてお開き。


 さて、来月はレギュラーに戻るのかどうか……

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