第五話 「十字架」「ぱんだ」「アウトドア」「ビル」
十二月。
本格的な寒さが到来し、年の瀬で何かしら気忙しくなる頃。
今日も僕は放課後に文芸部室へと向かう。
「こんにちは……」
「ああ、こんにちは」
部室に入ると、いつものごとく机に向かう
「ようやく長袖になりましたね」
そう、今日になって始めて、部長は長袖のシャツを身にまとっていた。
「十二月ということで少々肌寒くなってきたからね」
「肌寒い……いえ、言っても無駄ですね」
「学習能力の高い後輩で有り難いよ、ルトニ君」
ちょっとした変化として、先日奈子に紹介(?)して以来、部長は僕の事を奈子同様『ルトニ』と呼ぶようになっていた。
最初は奈子以外に呼ばれるのが不思議な感じだったが、ほぼ毎日顔を合わして間にすっかり慣れてしまっている。呼び名など僕が認識できれば問題ない話だしね。
そんないつもと変わらぬ部長に、僕はここ最近ずっと気になっていたことを問いかける。
「部長って、三年ですよね? いつまでも引退しないで、入試は大丈夫なんですか?」
全然そうは見えないが、受験生なのだ、この人は。
流石に十二月になったら引退するかと思ったが、今日も変わらず部室にいる。よくよく考えれば文化系の部活なら文化祭が引き際だと思うのだが、そうはなっていない。
「ふむ、文学少女たるもの、入試程度では部活は引退しないものだよ、ルトニ君」
「なんとなく解らないでもないですが、文学少女という言葉を便利に使いすぎです」
「そうかな? なら、“文学少女”らしく望みを言えば、せっかくだから原稿用紙におやつでも書いて欲しいものだね。君が書いたものなら喜んで食べよう」
「その“文学少女”ですか! って、食べたら体壊しますよ」
言ったからには本当にやりかねないのだ、この人は。
「何、そうなれば君が責任を持って看病してくれるだろう? 君はそういう性格だ」
「そりゃ、そうなったとしたら、止めなかった僕にも責任がありますからね」
「いやいや、重畳重畳。君は素晴らしいお人好しだ」
「褒められているのか微妙ですね」
「賞賛半分、呆れ半分、といったところだよ」
「でも、本当に受験は大丈夫なんですか?」
「これだけ言われても心配してくれるのは、素直に嬉しいね」
スクエア眼鏡の奥の瞳を細め、言葉通りに嬉しそうな笑みを浮かべ、
「それで最初の問いの答えだが、何、入試如き問題にはならんよ。僕は読んだ本の内容は忘れないんだ。参考書も例外ではない。入試に必要な情報を、内容を理解した上で丸暗記しておけば事足りる。とはいえ、十万三千冊の魔道書図書館には遠く及ばないので、格好はつかないがね」
とんでもないことを宣った。
「本当ですか?」
何かと行動が読めず掴み所のない先輩ながら、流石に信じられずに問い返す。
「何? 君は僕を疑うというのか? それは、僕を信用していないということだね。正直、ショックだ」
僕の疑問に、部長はどこまで本気か解らないが、大げさに頭を垂れてショックだということをアピールする。
しばしそのまま落胆アピールをしたところで、唐突に顔を上げると一転して悪そうな笑み。
「……そうだな、僕の名誉を傷つけたからには、もしも僕の言葉が本当なら、何かしら君にペナルティを課すとしよう」
「はぁ、それはいいですが、何か証明手段はあるんですか?」
「ああ、簡単なことだ。この部室にある適当な本を取って君が示したぺージの内容を僕が暗唱して見せよう」
「なるほど。それなら確かに読んだ本の内容を覚えていることの証明になりますね」
僕は、やや古めながら新旧織り交ぜて雑然としたラインナップを誇る部室の本棚から、適当に本を開いては、ページ番号を部長に言う。
その度、部長は一言一句違わずに、その本を読んでいるかのように淀みなく内容を口にする。
『こころ』『ハムレット』『匣の中の失楽』『飛鳥井全死は間違えない』『ラヴクラフト全集2』『名探偵に薔薇を』『虚無への供物』『緋色の研究』『タイタス・クロウの事件簿』『四つの署名』『ドグラ・マグラ』『バスカヴィル家の犬』『あいにくの雨で』『恐怖の谷』『ちぃちゃんは悠久の向こう』『絡新婦の理』『コズミック~世紀末探偵神話~』『黒死館殺人事件』『空想オルガン』『広辞苑』など、相当の厚さのある本も含め数十冊は選んだが、一度も部長は間違えなかった。
ここまでくれば、もう疑う余地はないだろう。
「……疑ってすみませんでした」
己の過ちを認め、素直に謝る。
「それにしても、デタラメな能力ですね」
「いや、この程度の記憶能力を持つ人間は多くはないが、だからといってそんなに珍しい存在でもないよ。人間の脳は本来その程度覚えていられるように出来ているからね」
「それはそうなんでしょうが……で、僕は何をすればいいんですか?」
これ以上突っ込んでも仕方ないだろう。素直に部長の思惑を聞くことにする。
「潔くていいね。それじゃぁ、ペナルティとして、君には終業式の日の帰りに少し付き合って貰うとしよう」
「付き合うって何にですか?」
「買い物にでも、ということでどうだろう?」
「はぁ、そんなことでいいなら、別に構いませんよ」
どうせ、大量に買い込んだ本を持たせようとか、そういう魂胆なのだろう。
何をさせられるかと思ったが、その程度ならお安いご用だ。
「ふむ、これで言質はとったからね」
何か、思わせぶりに部長は言う。
「ええ、約束は守りますよ」
別に予定がある訳じゃない。僕は気楽に応じる。
「それじゃぁ僕の方の仕込みはこれで終わりだ」
仕込みって何だ?
そんな風に思ったのも束の間、すぐに部長は言葉を継ぐ。
「しかし君も、よほど奈子君を気にしていると見えるね」
「唐突になんですか?」
また、いつものごとく僕と奈子の関係について邪推しているようだ。
「何、先ほど君が選び出した中に、美事にシャーロックホームズの四大長編が含まれていたからね。無意識に彼女を意識していたということではないのかい?」
「そんなことは……ないとも言えないですね」
否定することは出来ない。そもそも、あの姿を身近で見ていればホームズも身近に感じてしまうというものだ。
「ふむ、ミステリの四大奇書も全て含んでいたのに反論もなく認めるとは、君は嘘も吐けず、誤魔化しもできない性格だね。そこは非常に好感の持てる君の美徳でもあるが、時に人を幾ばくか傷つけることもあると知っておいたほうがよいと、老婆心ながら忠告しておこう」
「……ありがとうございます」
正直、回りくどい表現で今一意味は解らないが、気遣ってくれたということだろう。
「さて、そろそろ奈子君が来ているのではないかね? 余り待たすのもフェアじゃないからね、行きたまえよ」
『フェア』が何のことかは解らないが、頃合いなのは確かだ。
「そうですね、それじゃぁ、僕はこれで」
結局、今日は部長のスペックを確認して部活が終わってしまった。
部室を後にして、校門へと向かう。
そこには鹿撃帽にインバネスコートの小柄な少女。
度の強い瓶底グルグル眼鏡を掛けた、幼馴染の
「お待たせ」
「ううん、今来たとこだよ」
型通りの挨拶を交わし、歩き出す。
先月から登下校を共にする回数も増え、もう僕も周囲もすっかり慣れてそんなに注目を浴びることもなくなっていた。ありがたいことだ。
「……」
だが、何かを警戒するように今日の奈子は周囲をキョロキョロと見回していた。
「どうしたんだ?」
「うん、変な人がいないか確認」
「変な人って……」
「具体的には背が高くてやたらと胸のでかい妙な言葉遣いの女」
「……ああ、今日は居ないよ」
どうやら、また先月のように部長が現れないか警戒していたらしい。
奈子と部長は何故だか馬が合わないようだったから、出来れば会いたくないということだろう。
「そっか、それはいいね!」
部長の不在がよほど嬉しいのか、満面の笑みで奈子。
「じゃぁ、今月のお題は?」
早速、本題を切り出してくる。
僕も慣れたもので、携帯の画面を示す。
「十字架」「ぱんだ」「アウトドア」「ビル」
今月はこの四つ。僕は、『厳重に警備されたビルの屋上で十字架に磔にされたぱんだをアウトドアでの様々な知識を応用して危険を乗り越えて屋上への侵入を果たして救い出す御華詩』を考えている。
さて、今月は奈子からどんな話が出てくるのやら……
「先ずは『ビル』からいくね! これは簡単、『ビル』と言えば、ゲイツね!」
「名前かよ!」
「別にいいでしょ? それで、ゲイツと言えば……」
ああ、これはきっと、多くのパソコンに入ってる、アレだ。
「 BASIC ね!」
「そっち!」
しまった、遡られた。そういえば、奈子はパソコン強かったな……
「元々、開発言語の BASIC の販売から Microsoft は始まったんだから、ゲイツの原点はそこよ。 Windows なんて後発もいいところ。でも、 BASIC の存在が多き過ぎたお陰で『 Visual C++ 』という優れた開発環境を生み出しながらも BASIC への拘りを捨てられずに『 Visual Basic 』なんていう制限が多くて出来ないことだらけで本来は『 Visual C++ 』と組み合わせて使って貰う意図があったはずなのに何となく画面がサクサク創れてしまって何でも出来ると錯覚されてしまった『なんちゃって言語』を出したせいで、特に日本のIT業界に『なんちゃってプログラマ』が量産されて業界に混乱をもたらして真のIT技術者が育ちにくい土壌を作ってしまったのではないかと考えられなくもないのはいただけないけれど」
「まるで見てきたような言葉だな」
「見てる訳ないよ! 多分、神の声!」
神って誰だ? 神に仮託して物語の外側を匂わせるメタミステリか、今回は?
「あ、あと、 VB.NET になってからは、オブジェクト指向部分も他の言語と揃えられたんで、ちゃんとした言語になってるからね! 余談だけど独自仕様が多かった Visual C++ も最近では ISO 標準仕様が積極的に取り入れられるようになってきて型名が大文字の独自マクロだらけの不格好なコーディングからも解放されてきたしね!」
「いや、一体何をフォローしてるんだ……」
「きっとこれも、神の声よ!」
「ああ、もう、それでいい」
今日はそういう流れなのだろう。
「とりあえず、これで『ビル』は片付いたから次は『アウトドア』……扉の外、そして扉は『 Gate 』と英訳しても問題ないね」
「そりゃ、確かに間違いでは無いけど……」
「そして、ビル・ゲイツのゲイツの綴りは『 Gates 』。よって、 Windows や MS-DOS でない非 MS の OS が『アウトドア』と解釈できるね!」
「さっきの解釈と複合させた!? またアクロバティックな。そうなると、MacOS とかが『アウトドア』になるのか?」
「そうね。ところで、マクドナルドを『マック』って略すの辞めて欲しいよね! あたしは『マクド』しか認めない!」
「それも神の声臭いが、僕も同意するよ」
ニュースの見出しを見て、 MacOS にポケモンが移植されたと本気で騙されたことあるしね。
「でも、ここは無償で使えるオープンソースな Linux で。とは言っても『 Mac OS X 』は根っこの部分は同じ UNIX の系列だけどね」
なんだか今日はペダンティックだ。まぁ、専門用語があれこれ出てきて置いてけぼりにされたところで、奈子の発想についていけないのはいつものことだから余り違いはないか。
「それはそれでいいとして……残りは?」
「そうね、次は『ぱんだ』にいこっか」
そこで、少し言葉を切る。流石に捻りを思いつかないのか?
「ある富豪の家に泥棒が入るの。そして、大切な宝石が盗まれてしまう」
いきなり何? とは思うが、ツッコんでも仕方ないだろうから、とりあえず聞いておこう。
「犯人の行方は杳として知れず。都合よく素人探偵がいる訳もなく、使用人達が必死に捜索するけど見つからない。そこに何故か ICPO の警部が現れるの」
「いや、素人探偵より ICPO の警部の方が都合よくいる訳がないだろう、それ!」
「そうして、警部が使用人の一人を指さして言うの……」
思わず出たツッコミは華麗にスルーされてしまったが、ここで奈子が何を言いたいかやっと解った。だから先取りしてやる。
「やつがル『パンだ』!」
「合いの手ありがとう! 以心伝心。流石はあたしの助手ね。」
「そりゃ、付き合い長いからな」
「そんなルトニはあたしの大切なものを盗んでいったわ」
「人聞きの悪いことを言うな!」
全く、なんで突然泥棒呼ばわりなんだ? さっきの台詞は警部の側だろうに。
僕が少しばかり憤りを感じていると、
「! こ、この流れでなんでそうなるの……」
何故か奈子はぶつくさと言いながら落ち込んでいる。
「はぁ、でも、それがルトニのルトニたる所以ね」
言って、溜息一つ。
「うん、これもまた、神の思し召しかもしれないね。だから、埋め合わせに今月の第四土曜日は付き合って?」
何が『だから』なのかは解らないが、それこそ聞いても煙に巻かれるのがオチだ。
「ああ、別に構わないよ」
だから素直に従った。
しかし、部長といい奈子といい、今日はそういう約束をさせられる日なのだろうか?
「ありがとう! 神に感謝するわ」
本当に嬉しそうに奈子は言う。
「それにしても、今日は神様ネタが多いな」
「それは十二月だからね」
「? 十二月は『天使がいない』のならわかるけど」
「ルトニ! それ、あたしたちの年齢で知ってちゃ問題ある!」
「四月辺りに同じようなネタ言ってただろ!」
「覚えててくれて嬉しい!」
「これ、喜ぶとこか?」
何故、僕達が年齢的に本来知っていてはいけないはずのゲームのネタを覚えていて、脈絡無視して喜ばれるんだか。突然落ち込んだり喜んだり、ここのところ、感情の起伏が激しいな。
「それで、せっかくだから『十字架』は『天使』ということでいいよね!」
「真白まじめ光線!」
脱線したと思ったのに唐突にお題に繋がった。相変わらず展開が読めない。
というか、僕も咄嗟に何を口走ってるんだ? これも神の声?
「打てば響いて心地良いよ。助手はそうでなくっちゃね!」
どうやら、無意識のネタ返しはお気に召したらしい。
「それで今回のお題から導き出すのは『怪盗ゲームが流行っているのに便乗してコレクターズアイテムとしてビックリマンシールを集める似たようなゲームを Linux サーバ上に構築したところ懐古主義か妙に流行ったもののそのプレイに夢中になった一人の男が第一弾の天使シールが【桃太郎天使】【お救い観音】【ゴッドマングース】【三象法師】【火除け如来】【天神さま】【花咲か仙人】【成りキング】【ヴィーナス白雪】【水かける蔵!王】【黄門天人】まで揃ったのに残りの一枚の【十字架天使】がどうしても手に入らずに他のプレイヤーを脅迫してそれでも応じないため相手を殺害するに至ってしまうという大問題が起きたためにとばっちりでこのゲーム自体が運用停止させられてシステム業界の立場からユーザの自己責任について色々と考えさせられる御華詩』ね」
「なんか、現実にありそうな話だな……」
今日はまたいつもと毛色が違うが、妙に含蓄のあると思えなくもない話だった。
まぁ、ここまでお題が原形を留めていないと提出云々以前の問題だろう。とはいえ、そんな予想外の展開を見せてくれるからこそ、僕の糧になるのだが。
そんな風に思っていると、いつもの分かれ道。
これで、そろそろ今月もお開き。
――そう、思ったのだが。
「ぱちぱちぱちぱち」
棒読みの、拍手音が頭上から聞こえてくる。
見上げると、すぐ側のブロック塀の上に仁王立ちする影。
「ていっ!」
わざとらしい気合いの声と共に、僕と奈子の目の前に現れたのは……
「でたわね……ちちでかこさん」
「ご挨拶だね、平面胴長君」
そう、地出近子部長その人だった。
途端に、場の空気は険悪になる。
「一体、こんなところまで何しに来たのかしら? あたしとルトニの帰り道、邪魔しないで欲しいんだけど」
「君の領分の侵犯だ《しん『ぱんだ』》とでも?」
「解ってるなら、早々に退散しなさい!」
やっぱり、奈子は部長が苦手というか、嫌悪さえしているようだ。とにかく、言葉の端々に険がある。いや、既にそれは言葉の剣かもしれない……と、間に入る余地が無さそうなので少し詩的な表現に挑戦してみた。
「ふむ、それでも構わないが……君が後悔することになるよ?」
「どういうこと?」
「それだが……ルトニ君、安請け合いは止めたまえよ。僕が先約のはずだがね」
「先約?」
唐突に話を振られ、現実に引き戻される。
一体、どういうことだ? 部長との約束は終業式の帰りで、奈子は第四土曜日……
「あ! そうか、悪い、奈子、第四土曜日は部長と先に約束してたんだ。悪いけど、別の日にして貰えないか?」
危ない。ダブルブッキングするところだった。
どうして部長が居たのか細かい所はともかく、指摘してくれたのはありがたい。
「ほら? こうなるだろう? もしも僕がこの場に現れなければ、君は為す術なく約束を取り消されたということだ」
「なっ! そういうこと……ルトニ!」
「はい!」
何だか、いつもと全く違う怖い声で奈子に呼ばれ、思わず背筋を伸ばして返事をしてしまう。
「許さない。この女との約束を取り消してくれないと、許さない……」
「いや、だけど、こういうのは先約を優先するのがセオリーだろう? それに、奈子とはいつでも会えるんだから……」
「ダメ! 今月の第四土曜日にルトニと過ごすことに意味があるの!」
珍しく、必死な表情で訴えかけてくる。
「……そ、それなら、部長と三人ではダメ?」
「ダメ!」
こんなに意固地な奈子は初めてだ。
だが、僕も譲れない。
「だったら、諦めてくれ。僕は先に部長と約束してしていたんだから、そこはどうしようもない。約束を反故にするなんて無責任な真似はしたくないんだ」
食い下がる奈子に、僕は諭すように語りかける。僕がこういう性格なのは奈子もよく知っているはずなのに、なんで今回に限って解ってくれないんだ?
「で、でも……」
「君の負けだよ、奈子君。諦めるか、僕も交えて三人で過ごすか、選択肢は二つに絞られた。よほど捻くれていない限り、片方はバッドエンド直行だと予想が付くと思うがいかがかな?」
「ぐ……わ、解ったわ」
奈子が言い負かされた!?
部長の話の内容は全く意味不明だったけれど、彼女の恐ろしさの一端を垣間見た気がする。
「ルトニ、不本意、だけど、その女も、一緒で、いいわ」
何かに耐えるように、絞り出すように奈子は口にする。
どうにも大袈裟な反応な気もするが解ってくれたなら有り難い。
「ああ、そうしよう。それで、具体的にはどうしようか?」
「とりあえず、学校が終わってから待ち合わせましょう。学校からその女と一緒にとかは許さないから、飽くまでルトニもそこへ一人で来てね」
「そうだな。どちらにしろ、部長とタイミングは合わないだろうし、それでいいですよね?」
部長に同意を求める。
「ああ、僕は一向に構わない」
「じゃあ、待ち合わせ場所だけど……」
「駅の側の教会前の広場とかはどう?」
「そうだな、駅前から少し離れててそこまで混雑してないだろうし」
「『ビル』の間のあの教会の『十字架』は目立つからね、確かに待ち合わせの目印としては悪くあるまい」
奈子の提案に、僕も部長も同意する。
「で、集まるのはいいけど、何をする?」
「そ、それは……」
単に付き合うといっただけで内容は決まっていない。
尋ねてみても、奈子も何も考えていなかったのか、言葉に詰まる。
そこで、部長が口を開いた。
「まぁ、そこらを歩き回ってウィンドウショッピングなりを楽しむでもいいだろう?」
「今年は寒くて雪が降るかもしれないほどですから、外を歩き回るのはしんどいんじゃないですか?」
「いや、ホワイトクリスマスなら、尚更『アウトドア』でいいだろう。雪をその身に受けてこそ風流というものだ」
部長らしい答えだ。
だが、そこで僕はふと気付く。
「あ、そうか、クリスマスイブなんですね、その日」
第四土曜日、そして終業式は十二月二十四日(土)だ。
言われて初めて気付いた。僕はクリスチャンじゃないから、特に意識しないように心掛けているからね。日本人が無宗教故に何でも祝っていいと言って正当化するなら、その人は花祭り(=お釈迦様の誕生日)も祝わないと釣り合わない。
「……」
「……」
だが、そんな僕の反応に、奈子も部長もポカンとした表情を浮かべていた。
どちらも、そんな表情を見るのは初めてで新鮮な光景だった。
「ル、ルトニのバカ!」
「不本意ながら、こればかりは僕も奈子君に全面的に同意しよう」
「ご、ごめんなさい……」
何かよく解らないが、二人に罵倒されたということだろう。
僕に何かしら非があったということだから、謝ることに吝かではない。
何はともあれ、今日は奈子といい部長といい、新たな一面を色々と見る日になった。
新鮮な驚きは創作の肥やしとなるだろう。
「そ、それじゃぁ、今日はこれで」
そう信じて、居たたまれなった僕は二人と別れ、一人で家路を辿ることにした。
「あ、ちょ、ちょっと待……」
「去る者は追わず、今追っても仕方ないよ」
そんな声が聞こえた気がするが、これ以上付き合っても僕には理解できないだろう。待ち合わせも決まったことだし、後に何かあるなら二人の問題のはずだから二人で話し合って貰えればいい。
そんなこんなで何やらいつもと違う流れになったけれど、今月はこれにてお開き。
さて、来月はどうなるやら……
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