第四話 「チケット」「留守番電話」「ゲーム」「戦車」
十一月。
いきなり気温が下がり、道行く人々の服装が秋を通り越して一気に冬に向かいつつある頃。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
文化祭も終わって比較的のんびりした空気が流れる文芸部の部室へと赴いた僕は、いきなり季節感を否定された気分を味わわされた。
「って、十一月に入ったっていうのに、なんでまだ半袖なんですか!」
そう、テーブルでなにやら本を読んでいる
「いいではないか。僕は熱い人生を歩みたいからね。季節が巡ったからと安易に衣替えをするのではなく、自らの感性に従って衣替えの時期は決めたいと思うのだ。実際、僕にとってはこの姿でも丁度いいぐらいだ」
確かに、私服の我が校では衣替えも自主性に任されている。だから、先月まではちらほらと半袖も見かけないでもなかった。
しかし、既に最高気温が十度代まで下がって久しい十一月に入ってこれは無い。
「見てるこっちが寒いですよ」
「それを言うなら、冬服を見てる僕は暑い思いをしているのだからお相子だろう?」
「……まぁ、そうですね」
苦情を言っても柳に風。奈子とは違った方向で面倒な人だ。
「で、君が熱い想いを向けるのはいったい誰なんだろうね?」
相変わらず、その手の話題を振るのをやめない。
「何を言わせたいんですか? 僕と奈子はそういうのとは無縁ですよ」
先回りして否定する。
「誰も奈子君だとは言っていないのに、何故その名前が出るのかな?」
「そ、それは……」
「受け流せないのが君の弱点だよ」
誘導尋問まがいの手に毎度引っかかるのは、確かにその通りだ。
「まぁいいさ。今月も新しい課題を出したところだ。今日も、また現れるのだろうからね」
「ええ、それは、そうですが」
「ふむ、それなら……」
そこで、スクエア型の縁なし眼鏡の奥の瞳を細める。
「彼女に僕を紹介してくれないかね? 以前から頼んでいただろう?」
「そ、それはそうですが……」
「何か問題でもあるのかね?」
言われて、考える。
あるといえば、ある。
そもそも、奈子と会話が成立するかという根本的な問題が。
「ああ、奈子君と会話が成立するかなど瑣末な問題だ」
「だから、幾ら顔に出るからってなんで考えてることがわかるんですか?」
「ふむ、何でと……そうだね、それは」
スクエア眼鏡の奥の瞳を細め。
いつになく妖艶な笑みを浮かべ。
「君をずっと見ていたからだよ」
ゾクリ。
「か、観察力が優れているってことですね」
「ああ、そういうことにしておいてあげよう」
何か危険な空気を感じたが、無理矢理話を収めることにはどうにか成功した。
「それで、どうなのだね? 僕に彼女を紹介するという話は?」
「……いいでしょう。でも、まともにコミュニケーションが取れる保障はしませんよ?」
「構わないさ。コミュニケーション云々は、飽くまで僕の責任だからね」
こうして、部活後に部長と二人で戸締りをして、並んで部室を出る。
丁度、二ヶ月前の再現だ。
そうして校門を見ると、やはり居る。
両手に息を吐きかけて暖をとる、小さな影。
頭の上に鹿撃ち帽。
そして、遂に解禁されたインバネスコート。
ヴァイオリンが得意な探偵をリスペクトしたグルグル眼鏡の女の子は、他ならぬ
奈子が僕を見つけ、声を掛けてこようとしたところで、
「君が、奈子君だね?」
僕と奈子の間に入るように、部長が先に声を掛ける……って、これだったら、紹介なんていらなかったんじゃ?
「何? この、季節感のない女? 馬鹿は風邪引かないっていうのの体現? 邪魔よ。いいから、どこかへ行きなさい」
滅多に聞かないような、冷たい声で奈子が言う。
「ああ、彼女は文芸部の部長の……」
「
僕の言葉に被せて名乗る。
やっぱり、僕がわざわざ紹介しなくてよかったんじゃ?
「それで、その『ちちでかこ』さんが何の用ですか?」
「ふむ、『の』が『で』に摩り替わってアナグラムとして破綻しているが、『面』堂だけに『面』白いことをいう、二次元的な平『面』胸のお嬢さんだ」
あからさまに悪意の籠もった奈子の言葉を、そのお株を奪うように返す部長。
奈子は、敵意を込めてそんな部長を睨み付ける。
ここまで奈子が感情を剥き出しにするのは珍しいな。一体、何に怒ってるんだ?
「いや何。彼が余りにも君の話題を『いつもいつも』聞かせてくれるからね。それも『何度も何度も』。だから、僕も君に興味を持って、どんな御仁か会ってみたいと思ってね」
奈子の敵意も受け流し、部長はところどころわざとらしく強調しつつ、サラリと言葉を継ぐ。
「え? ルトニがいつもいつも何度も何度もあたしの話を! 本当に?」
何故か一転して嬉しそうな奈子が、こちらに期待を込めた目を向けてくる。
「ああ、本当だよ。四題噺の件もあるからね」
益々、奈子の表情が揺るむ。
自分の出したネタを使って貰うのが嬉しい、といったところだろう。
そんな奈子の様子をしばらく伺ってから、徐に部長が口を開いた。
「だから、僕は今日こうして彼と共に君の前に現れたのさ。騙し討ちは性分ではないので、君に僕の存在を知らしめておきたかった……そういうことだ」
ん? 何のことだ。
だが、奈子には伝わったのか、再び敵意を込めた視線で部長を睨み付ける。
今日は感情変化が激しいな。
何でだろう?
「ふふ、今日のところは僕の用は済んだからね。これで退散するよ」
だが、部長は奈子に構わず涼しげな(服装的には涼しいどころではなく寒いが)笑みを浮かべて、何故かムーンウォークで立ち去っていった。
「一体どうしたんだ? 意味不明な遣り取りだったんだが……」
「え、えと…… ほら、そうやって直ぐに人に聞くからゆとりなんだよ!」
「まだ引っ張るの、そのネタ!」
という訳でいつものノリに戻った。
まぁ、奈子も部長も僕の理解の埒外の思考回路を持っているのだから、考える以前に流すのが正解なんだろうな。
「それで、今月のお題は?」
部長が去って帰宅の途についたところで、奈子が催促してくる。
もう慣れたもので、僕は何もいわずにスマホのメールを示す。
「チケット」「留守番電話」「ゲーム」「戦車」
今月のお題はこの四つだ。
因みに僕は、『留守番電話に繰り返し入っていた謎の呼び出しに応じるとそこでは戦車が並んでいてそれを使ったゲームの勝者には大金が手に入ると唆されて参加したが繰り広げられたのは実弾によるサバイバルゲームで結局手に入ったのは地獄への
今月は一体どういう超展開を見せてくれるのか……
「『留守番電話』って不思議な言葉ね」
「何が?」
「留守中に掛かった電話を録音してくれるだけで、別に電話が戸締りとか泥棒の警戒とか文字通りの『留守番』をしてくれる訳じゃないよね?」
「そりゃそうだ」
「そうなると、やってるのは電話番だけだから、『留守中電話番』が正しいと思うよ」
「いや、そりゃそうかもしれんが」
「だから敢えて留守番電話を字義通りに捉えてみよ」
「それで、どうなる?」
「文字通りの『留守番』をしてくれる電話。泥棒が来たら問答無用で蜂の巣にして撃退してくれる、そんな頼もしい素敵電話。これで家を空けても安心ね!」
「素敵でも安心でもねぇよ! 怖ぇよ!」
何気に物騒な思考多くないか、こいつ?
「で、次に『ゲーム』と言えば、昔、落とし神様というのがいたよね! ルトニにも見習って欲しいね!」
「見習うって、その落とし神は二次元美少女限定だろ?」
「平面は嫌い?」
慎ましい胸元で手を組んで、質問に質問で返してくる。
何かを期待するような、それでいて何かを諦めているような、そんな不可思議な視線。
そういえば、ここ一月ほどで増えたな、こういう視線。
「意味が解らんぞ」
僕の返事にあからさまに落胆したように溜息をつく。
だが、意味不明だから仕方ない。
奈子は仕切り直すように深呼吸して、話を切り替える。
「それじゃぁ、趣向を変えて言葉の音から考えてみよ! ゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームゲームーゲケバオ……お化け屋敷ゲームね!」
「十回クイズ風だがおかしいぞ、その展開!」
「勇気と知恵で勝負!」
「お前、年幾つだ!」
「突っ込むルトニもね」
ごもっとも。
「まぁ、二○○四年に復刻されてるし二○一二年にはスマホ連動のゲームにもなってるから、知ってても全然おかしくないけどね!」
「そうだった!」
フェイントとは、やってくれる。
「次は『戦車』ね。最近は戦車の映画が好調だけどそっちを引っ張ると言語が単純化されてしまいそうだから避けて……あ、そうそう、前のお題に戻るけど、お化けって突然傍らに立ってたりするよね?」
「ああ、振り向いたらそこに……とかは結構定番だな」
「傍らに立つ《スタンド・バイ・ミー》と言えばスタンド! だから、『
「ありのまま今起こったことを語るのか!」
屁理屈まみれの超展開に僕の突っ込みも何かおかしい!
「銀と言えば、切り札のような意味で『銀の
「一応、戦車と武器的な意味では繋がるのか?」
お題を言ったり来たりして混沌としてきた。
「で、最後に『チケット』が残っちゃったけど……あ、そういえばこないだの映画、面白かったね!」
「あ、ああ。確かに」
いつだったか、奈子がチケットをくれた映画だ。
「だとすると、チケットから映画に結びつけるのは自然ね」
「それは順当だな」
「余談だけど、映画を『銀幕』ともいうから、そこでも銀に繋がるね!」
「別に『銀』をこれ以上拡げる必要なくない?」
「だから余談っていってるよ?」
僕をいさめるように言ってから、奈子は結論を提示する。
「という訳で、今月のお題からあたしが紡ぐのは『留守番電話を字義通りに捉えて侵入者から留守を守る銀の弾丸という触れ込みの留守を守る電話を発明して売り込むために自宅で実演動画配信をしようとしたところで家に入った発明者自身が蜂の巣にされてしまう衝撃映像が垂れ流されて騒然となるもやがてその現場の家が突き止められて何人もが物見遊山に訪れては続々と留守番電話の犠牲者となり最終的には現場がお化け屋敷として有名になって映画化まで企画されたけれど現場での撮影中に次々と関係者が怪死して留守番電話の呪いがまことしやかに流布している最中に未完成の筈のその映画のチケットが手元に届いてどうするか悩む御華詩』ね」
「ホラーだ!」
留守番電話とチケット以外は原型を留めていないので、やはり提出など出来よう筈もないが、今月もというか、物騒な連想をしてくれたものである。
そうこうする内に、いつもの分かれ道。
「それじゃぁルトニ、また明日!」
「いや、会うかどうか解らんだろう」
確かに、出くわせば一緒に学校に行ったり下校したりはしていたが、別に約束している訳でもない。
そう言えば、日に日に出会う頻度が上がっている気はするが、飽くまで偶然だろう。
「ううん。せっかくだからちゃんと約束して一緒に学校行こう? 会えば一緒に行ってくれてたんだから、別にいいよね?」
「ん? ああ、構わないけど」
確かに奈子の言う通りだ。特に、断る理由はないな。
「うん、それじゃぁ、明日は迎えに行くから寝坊しないでね!」
嬉しそうに言うと、家の方へと駆けていく。
何が嬉しいんだろうな、全く。
そんな訳で、今月はこれにてお開き。
とりあえず、明日は寝坊しないように気をつけよう。
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