第三話 「山奥」「セーラー服」「死神」「鎌」

 十月。


 厳しい残暑もようやく勢いを衰えさせ、秋の虫の声が聞こえ始めた頃。


 僕の通う高校では文化祭が近づいていた。放課後になると、ここからが本番と主張するように校内が活気付くのが常態となっている。


 僕もクラスの出し物や文芸部で出す部誌へ掲載する短編小説の執筆など、忙しくも充実した日々を送っていた。


 今日も、クラスの出し物の担当作業を終えると文芸部の部室へと向かう。昨日、部誌用の短編小説の草稿が出来上がったので、部誌の編集長でもある部長にチェックをお願いしていたのだ。


「こんにちは」


 挨拶をしながら部室に入ると、部長の地野ちの近子ちかこ先輩がテーブルで小説の草稿に目を通しているところだった。


「もう少し、刺激が欲しいねぇ」


 僕が部室に入るなり、事務椅子を振り向く勢いでグルグル回して回転しながら、そんな言葉を掛けてくる。


「唐突ですね。僕の書いたやつの感想ですか?」

「ああ、それ以外に何があるというのかね? そもそも、それを聞きに来たのだろう?」

「ええ、その通りですがね。挨拶とかそういったものをすっ飛ばしていきなりはないでしょう? しかもグルグルと回りながらというのも意味が解りません」

「時は金なり、ってね。無駄は省くに越したことはない。あと、君の作品の刺激が足りないからこうして回転を足して刺激を補っていることをこれ見よがしに表現している次第だ。まぁ、いいじゃないか。同じ文芸部員同士、僕と君の間でそんな堅苦しいことは抜きで」

「親しき仲にも礼儀あり、ですよ」

「ああ、そうとも言うね」


 言うや素直に椅子の回転を止めると、遠心力で乱れた長い黒髪が顔に掛かって幽霊みたいになっているのも構わず、


「では、こんにちは」


 とようやく挨拶を返してきた。


「遅いですよ……」


 この人もこの人で面倒な人である。

 どうして僕が比較的親しい女性はこんなのばっかりなんだ?


「ふむ、『どうして僕が比較的親しい女性はこんなのばっかりなんだ?』とでも言いたそうな顔だが、それは君が名前通りのお人好しだからだよ。僕のような面倒な人種は、その性質に甘えたくなるものなのさ」

「心を読まないで下さい!」

「読んだのは表情だ。君は顔に出るからね」


 突っ込みに的確に返されて、僕はぐうの音も出ない。顔に出るのは自覚があるからだ。

 そうなると、僕は大人しく先輩の側の事務椅子に着く外なかった。


「まぁ、漫才はこの辺にして、本題に入るとしよう」


 部長は僕に正対すると、乱れた髪を手ぐしで乱暴に頭の後ろに回して整え、スクエア眼鏡の位置をクイッと直し、そう切り出す。


「しかし、戦隊モノとは君の作風からすると意外だね」

「いいじゃないですか。これも自己鍛錬の為の挑戦ですよ。それに、『赤』に因んだ作品というテーマだったんですから、戦隊で『赤』は伝統的ともいえるでしょう?」

 今回、僕はいつもと違ったことを書いてみようと、戦隊モノに挑んでみた。『赤』は戦隊の歴史的に見て欠けることのない色で、主にリーダー格が使う色。『赤』というテーマに申し分ない素材だろう。

「まぁ、そうだがね。でも、こういった戦隊をやるのなら、もっと、こう、何だろうね? 血沸き肉踊るというか、いっそ『血肉涌き踊る』ぐらいの勢いがあって欲しいねぇ」

「『血肉涌き踊る』って字面を映像で捉えるとホラーですね」

「ホラーというかスプラッタとも言える『惨殺戦隊チミドロファイブ』とかいうタイトルで作品を書いておいて、どの口が言う? 名前に冠しているだけで惨殺シーンがないからね。それぐらいのことはやってしまえということだ。怪人を切り刻んで生み出される血肉が飛び散り舞い踊る、そんな情景を『血肉涌き踊る』と表現するのは、詩的とさえいえるかもしれない。そんなシーンが欲しいね、やっぱり」

「なるほど……」


 ストレートに戦隊モノというのも気恥ずかしいので、インパクト重視でちょっとばかり捻くれた血腥いタイトルにしてみたのだ。だけど、生々しい描写もどうかと思い、スプラッタなシーンは自粛して暈した表現にしていた。それが中途半端で物足りないということだろう。


 やるなら徹底的に、ってことか。


「そもそも、出落ちになりかねないタイトルなのだからね、話全体に名前負けしないインパクトがないとバランスが取れないよ。その辺りを全体的に見直して再提出。有り体に言えば『没』だ」


 結果、ばっさりと切り捨てられる。


「……分かりました、近日中に書き直したものを提出します」


 ショックではあるが、部長の言葉は理解できる。己の力量不足だ。言い訳無用だろう。


「ふむふむ、素直で宜しい。ああ、それと他の問題点だが……」


 引き続いて部長は色々とアドバイスをくれる。僕は、それらを謙虚に受け入れた。流石に数々の賞で最終選考まで残る実力者である。一つ一つの指摘が実に的確だった。


 そうして、アドバイスが一段落したところで、


「それで、先程の『こんなの』の少なくとももう一人には心当たりがあるが、彼女とはその後どうなのだね?」


 唐突にそんなことを聞いてくる。


「奈子のことですか?」

「その通りだ。最近はちょくちょく登下校を共にしているようだからね。些か、後輩が不純異性交遊に至らないか心配になるというものだ」


 確かに、先月の頭に校門に現れて以来、時折登下校路で出くわして一緒になることはあったが、それは家が近所で学校の方向も同じだからなだけだ。そもそも校門までやってきたのはあの日だけで、他は道中で出会ったただの偶然だ。それ以上でもそれ以下でもない。


 だが、その唯一校門に迎えに来ていた状況を目撃して以来、先輩はこのように僕と奈子の仲を勘繰る様なことをしつこく言ってくるようになった。


 こういう話を喜んで振るところをみると、奇矯な言動や行動が目立つ部長も年相応の女子高生ということを思い出すが、それが愉快かどうかは別問題だ。


「それは、絶対ありませんから」


 僕はきっぱりと否定する。


「なるほどなるほど、なら…… いや、やめておこう。楽しみは取っておくべきだ」


 言って、悪い笑みを浮かべる。明らかに何かをしようとして思いとどまった様子で、つまりそれは何かを企んでいるということだと思うけれど、聞いても教えてくれないだろうから追求しても時間の無駄だろう。時は金なり、だ。


「それじゃぁ、僕はこれで失礼します。アドバイスありがとうございました」


 僕は何も追求せずに立ち去ることにする。


「ああ、奈子君にも宜しく」

「って、宜しくも何も奈子とは面識ないでしょう?」

「面識はなくとも知識はある。僕は君に何度も何度も彼女のことを聞かされて知悉しているからね。興味があるのは事実だよ。いずれ紹介して貰えればとさえ、思っているよ」

「まぁ、考えておきます」


 そう曖昧に応じて、他の部員の草稿を読んだり何かとやることのある部長を残して部室を後にする。


 校門が見えるところまで来て、僕は頭を抱えそうになった。


 居る。


 お嬢様学校のグレーのセーラー服に身を包み、薬中探偵リスペクトな鹿撃ち帽を被った、横から見ると平面的なグルグル眼鏡の女の子。


 見間違えようのない、幼馴染みの面堂めんどう奈子なこである。


 先程の部長との会話もあって、このタイミングで待たれるのは対応に苦慮するが、放っておくこともできない。


 だから、僕は小走りに歩み寄って声を掛ける。


「お迎えか?」

「ううん。あたしは死神じゃないよ!」

「その『お迎え』じゃねぇ! てか、それだったら丁重にお断りするよ」

「うん、突っ込みを期待して鎌を掛けただけだよ、死神だけに!」


 元気よく言って、


「だから、お断りじゃないよね?」


 一転、殊勝な感じで聞いてくる。グルグル眼鏡の奥の瞳が若干不安げに見えるのは見間違えか演技か…… まぁ、気にしても仕方ないだろう。だから、


「ああ、別に一緒に帰るのは断らないよ」


 一番面倒のなさそうな回答をする。断る理由がないのは事実だしね。


「じゃぁ、帰ろ」


 奈子は嬉しそうに言って僕の隣に並んで歩き出し、単刀直入に切り出した。


「で、今月のお題は何かな?」


 ああ、そうか。今日は朔の日。

 部誌があろうと、月例の四題噺はある。それで、今日はわざわざ校門まで来たということか。

 先月もそうだったし、それ以上の理由はあるまい。


 僕は彼女の行動に合点がいった。今月は部長に勘ぐられたところでタイミングが悪かったのもあるけれど、驚かないよう来月からは『そういうものだ』と心積もりしておこう。


 そんな風に気持ちを切り替えて、僕はいつものごとく携帯に届いたメールを奈子に見せる。


「山奥」「セーラー服」「死神」「鎌」


 今月のお題はこの四つ。


 因みに僕は『山奥に隠れ住む死神の一族の娘が死神に鎌はもう古いと主張してどこかから手に入れた軽機関銃カラシニコフをセーラー服姿でぶっ放して快感を感じる御華詩』を考えている。


 さて、今月の奈子の回答やいかに?


「死神と鎌が循環参照ね」

「循環参照?」

「うん。死神は鎌を、鎌は死神を互いを連想させ合うよね? だから、二つ合わせて『循環』と解釈しても問題ないね!」

「そんな複合技ありかよ!」

「これが暗号なら、『循環』から『死神と鎌』につなげれば復号だね」

「それはどう考えても復号不能な不可逆暗号だ!」


 循環するものなど多数有り過ぎて特定できないだろう。


「なんでも直ぐに諦める。やっぱりルトニはゆとりだね」

「まだ続いてたの、それ?」

「うん、ず~っと続くよ! 『探偵』と『探偵助手』のあたしとルトニの関係みたいにね」


 まぁ、『探偵』云々はともかく、確かにこの腐れ縁はそうそう切れないだろうね。


「で、二つまとめて『循環』はいいとして、そこからどう繋ぐんだ?」

「せっかくだから、循環をネタに考えてみよ。循環、巡る、連鎖、食物連鎖、弱肉強食、焼肉定食、タレが辛くて喉が渇く、水…… うん、水は蒸発してまた雨として降って循環してるね!」

「待て待て! 結論は理解できるけど過程がおかしいだろう!」

「え? 連想ゲームとしては成立してるはずよ?」


 思わず突っ込んだモノの、何処吹く風で平然とした答えが返る。当たり前のように答えているが、実際彼女に取っては当たり前の論理展開なのだろう。


「ま、まぁ、確かにそうか……」


 突っ込んでも無駄だと素直に受け入れることにする。


 『循環』から明らかに遠ざかってたのになんで最後にちゃんと『循環』に繋がるのか、そのからくりは僕には理解できないが、そこは『奈子だから』と割り切るしかあるまい。


「で、水といえば、天然水がいいね。そして、天然水といえば『奥大山』」

「おおぃ! まさかそれで『山奥』とかいう気か?」

「うん。字面にも『山』と『奥』が入ってるし、実際に『奥大山』は名前通りの山奥だから問題ないよ」

「そ、そうか……」


 勢いで突っ込んだけど、やっぱり無駄だった。それに、これは僕も理解できる論理展開だ。

 でも、それでは悔しいのでちょっと僕も先読みしてネタを潰してみよう。


「それで、そこまで強引なら『セーラー服』は『もってけ』とか言い出すんじゃないだろうな?」

「ん、何言ってるの? あれは『セーラーふく』で『ふく』が平仮名だから駄目だよ?」

「複合はありなのに、そこはダメなの!」


 あっさり否定されてしまった。確かに、言葉の意味や音を捏ね回しているが、大本はお題のままだ。お題そのものの表記を変えるだけはアウトというのは解らないでも…… いや、やっぱりよく解らん。


「うん。元の言葉から漢字を平仮名に直すだけの連想は安直過ぎるからね。最低限もう一捻りがないと。それに、どっちかというと『持ってけ』と言えば流星を散らしてデイトしたいしね!」

「そっちかよ! って、それは『もってけ』と『持ってけ』で表記の漢字違ってもいいのかよ!」


 合いの手のように突っ込みを入れると、奈子は何故かもじもじとこっちを期待するように上目遣いで見ていた。だが、気にしたら負けだ。僕は相手にせずに次の言葉を待つ。


「はぁ……」


 しばらくすると、僕の顔をじっとみてこれ見よがしにちょっと寂しそうに溜息を吐いてから、


「まぁ、それならいっそ捻らないようで捻る方向で、語源で捉えるのもいいかもね」


 話を進め出す。


「語源?」

「うん。セーラー服を元々着てた人達ね」


 そこまで言うと、僕に真っ直ぐ向かって、最終的な結論を口にする。


「そんな訳で、今月のお題からあたしが導き出すのは『奥大山出身の海兵がいつ陸地に帰れるか解らない日々の中で海の表面から蒸発した水が風に乗り雲となり雨となり再び山奥に注ぐことを思い浮かべて遠く故郷を思う御華詩』、かな」

 完全に『死神』と『鎌』が転換されていてやはり提出には適さないが、今回は至極真っ当な御華詩だった。


 とはいえ、やはり過程は僕の理解の範疇を余裕で飛び越えてくれていたんだけどね。


 そうして、結論が出たところで、僕の家と奈子の家との分かれ道に辿り着く。


「あ、そうだ! タダ券があるから明日暇なら映画行こ!」


 そろそろ別れるというところで、唐突に奈子は映画のチケットをポケットから取り出した。

 それは、僕も観たいと思っていた映画だった。


「ああ、別に暇だし、いいよ。僕もそれ観たかったからね。正直ありがたいよ」

「じゃぁ、駅前に十時でいい?」

「うん、それでいいよ」


 近所だから家に来て声を掛ければいいのに、わざわざ待ち合わせる意味が解らないが、奈子の行動が解らないのはいつものことだ。そこは気にせず僕がすんなり応じると、何が嬉しいのか、奈子は満面の笑みを浮かべる。


「別に流星は散らさなくていいからね! じゃぁ、バイバイ!」


 そんな意味不明なことを言って手を振ると、上機嫌にスキップでもしそうな勢いで家路を辿る。


 僕は、若干危なっかしいその後姿が無事に家に辿り着くのを見届けてから、自宅の方向へと踵を返した。


 そんなところで、今月はこれにてお開き。


 来月は、校門に居ても驚かないように気をつけつつ、奈子がどんな四題噺を創るか、明日の映画ぐらいにはせいぜい楽しみにしていよう。

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