黒髪お揃い同盟

実和

黒髪お揃い同盟

春の朝の底冷えに身震いしながら、杉下 色葉いろはが、

中庭を通って登校する。

カバンには大きな猫のぬいぐるみがぶら下がり、

色葉の動きに合わせて左右へと揺れていた。

それにしても、すれ違う人が

みんな驚いた表情で色葉を見つめてくる。

「??」

不思議に思いながらも、玄関で上履きを履き、

教室までの廊下を、進もうとした。

その時、

 「はい、こっちこっちー!」

 急に背後から現れた女子に、

色葉は、横腹を体当たりをされた。

何が何だか分からないまま、数度体当たりをされながら、

行きついた場所は、廊下の脇の女子トイレだった。


 「…朝から、痛いわ!」

 色葉が、横腹を抑え猛抗議をするのを、表情一つ変えずに聞き流すと、

平田 美久みくはカバンから、何やらごそごそと取り出し始めた。

カバンには、色葉と色違いの

大きな猫のぬいぐるみがぶら下がっている。

「はい。」と色葉に取り出したタオルを渡し、

美久は鏡の前の床に新聞紙を敷き始めた。

 「昨日の頭髪検査、引っかかったやろ?

  その頭で卒業式、出してもらわれへんで。」

美久の言葉に思わず自分の髪を鏡で見る。

まばゆいばかりの金髪だ。

美久の言葉で、昨日の頭髪検査で、

卒業式は黒髪じゃないと出席させない、

と同じく金髪だった美久と二人で、

教師陣に囲まれて叱られたことを思い出した。

 よく見ると、隣で鏡に映る美久は、

不自然なほど真っ黒な髪になっている。


 「それで、いろんな人に見られてたんかー。」

 今朝の突き刺さるような視線の理由がやっと分かり、

色葉は呑気な声を出した。

 「そりゃ金髪のまま来たん色葉だけやもん。

  中庭歩いてくる時から、めっちゃ目立ってたから。」

 美久は呆れたように呟くと、

取り出した携帯の時計を見て、

 「そんなん言うてる場合ちゃう、

  時間ないから、さっさとやるでー!」

 と、カシャカシャと、音を立てながら、慣れた手つきでスプレーを振った。

色葉は慌てて、制服の襟元にタオルを押し込み、

床に敷いた新聞紙の上に立った。


 「目ぇつぶっときやー!」

 美久が色葉の髪の毛にスプレーを振りかける。

みるみる色葉の髪が黒く染まっていった。

 トイレには、スプレー独特のガスの匂いと、

シューという音だけが響いていた。

 美久の手つきは鮮やかで、あっという間に、

色葉の髪が真っ黒に染まった。

 「色葉、前髪も染めるで。」

 美久が、顔に染料がかからないように、

色葉の額をタオルで庇おうとして、手を止めた。

 「…なんで泣いてるん?」

 色葉が声も上げずに鼻を真っ赤にして泣いていた。


 「だって…もうな、こうして美久ちゃんに…染めてもらうことないんやで…」


 「一緒に、先生に…怒られたり…授業中、手紙回したり…放課後…お互い髪染め合いっこしたり…。」


 「…全部な、全部…今日で最後やねんで…。就職したら、もう会われへん…」


 途切れ途切れに話す色葉を見つめている内に、

美久の頬も涙が伝い始めた。

美久の頬が濡れて光っているのを見ると、

色葉は一段と大声を上げて泣き始めた。


 「今日で最後なんて…絶対嫌や―。」

 「最後ちゃうやん、卒業しても、会えるやろ?」

 美久はわんわんと泣く色葉を諭すように語りかけ、背中をさすった。

 「…でも、毎日は会えへんやん。」

 「いつでも呼んでくれたら、髪切りに行くやん。

  美容学校でしっかりカットも勉強するから!」

 濡れた頬をカーディガンの袖で拭きながら、諭すように美久は答えた。

 「介護職やから、ちゃんと、

  おじいちゃんおばあちゃんに人気の出る髪型にしてくれる?」

 「どんな髪型やねん。」

 美久が間髪入れず続いた後、あはは、とどちらともなく、笑いがこぼれた。





 「ほんまにいつか、髪、切らせてな。」

 色葉の前髪にスプレーを振りながら、美久が言うと、

 「もちろん!実験台になるで!」

 と明るい声で色葉が答えた。

 「じゃあ、私は、美久ちゃんがおばあちゃんになったら、介護したるわ!」

 「いやいや、同い年やねんから、

  私はおばあちゃんになったら、色葉もおばあちゃんやん。」

 「…ほんまや!」

 二人は、真っ赤な目と真っ赤な鼻のまま、同時に大声で笑った。


 「さ、こんなもんでええやろ!」

 美久がてきぱきと道具をカバンに片づける間、

色葉は鏡で、不自然なほど黒光りした自分の髪の色を確認した。

鏡には美久も映り込んでいた。

 「うわー、私ら二人とも、めっちゃ黒光りしてるやん。」

 「しゃーないやん、卒業式出られへんよりましやろ?」

 手早く荷物をまとめた美久が勢いよくトイレのドアを開ける。

 「ええやん、お揃いってことで。これも思い出や。」

 まだ、不満げに鏡を見つめている色葉に、美久は笑いながら声をかけた。

 色葉は、一瞬美久を見つめた後、


 「ほんまやー!!」


 と、嬉しそうな笑顔を見せながら、

美久の後に続いて、トイレを出た。


 

 ちょうど、最後のホームルームのチャイムが、鳴り始めたところだった。

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