第6話


ケース6『刑務官の女』


 囚人番号、5648。

 連続強盗殺人の罪で、死刑が確定。 

 今日がその死刑執行の日だ。


 東京都内で、三人殺した。

 単独世帯の非力な老人ばかりを狙った、卑劣な犯行だった。

 防犯カメラに映っていた映像と、残っていた指紋が決定打になった。


 刑務官である私はこの男が嫌いだった。

 何を考えているのか分からない、不気味な男。

 一日中、ぶつぶつと呟いている。

 私は知っている。男が何て呟いているのかを。




 俺が殺したのは、たったの三人じゃないか。どうして俺が死なないといけないんだ?




 男は同じ言葉ばかりを繰り返していた。

 まるで、壊れたテープレコーダーのように。

 この言葉を聞いた私達看守は憤る。


 三人も殺しておいて、たった三人とは何様だ。

 お前の行いのせいで、三人も死んだというのに。

 税金で生かしてやるのが馬鹿馬鹿しい。この男に掛ける食費が勿体ない。

 その鬱憤も今日までだ。

 この男の顔を見るのも、今日で最後だと思うと清々する。



 絞首刑。 

 日本が導入している死刑制度。

 死刑が執行される手前にある、仏壇がある部屋まで警備員たちと共に連行して、白い布を被せる前に、言い残す事はないかと尋ねる。

 男は目を見開いた。


「なんで俺が死なないといけない? たった三人、殺しただけだっ!」


 ここまで来て、男は言い訳を始める。

 往生際が悪い。


「三人も人を殺したからだ」


 私の言葉に、男は首を思い切り横に振る。


「だっておかしいだろっ! この国には人をたくさん殺す……合法的に人を殺す医者がいるじゃねーかっ! 老い先短いジジイやババアを三人殺して死刑になるなら、あいつらなんて一家皆殺しでいいじゃねーかっ!」


 安楽死施設に勤めている医者の事を言っているのだろう。


「頼まれて殺すのかもしれんねえが、同じ人殺しだっ! 何を言おうと、それだけは変わらねえっ! スゲエ世の中になったもんだなぁ。良い人殺しと、悪い人殺しが居るってか? 人を殺して食う飯は、美味いのかねぇっ!」


 私は安楽死施設に勤めている医師の一人に友人が居た。

 彼はいつも苦悩していた。

 自分の仕事に悩んでいた。

 死に行く者達を殺すんじゃない。俺の仕事は、彼らの為に泣くことだと、最近ようやく分かったんだと言っていた。


 男は今も散々喚いている。

 戦争で行く軍人がどうとか、車を作った奴の方が、遥かに人を殺しているだとか。

 あまりにも自分勝手な言葉の羅列。

 

「もういい」


 最後ぐらい、自分が殺した人への謝罪の言葉をするのなら少しは同情できるものを。

 囚人番号5648。

 彼は裁判の席でも、最後まで被害者の家族をおちょくっていた。


「ジジイやババア、とろいから死ぬんだよ」


 そう言い続けていた。

 男は抵抗するけれど、無駄だ。

 手には手錠をはめられていて、私ともう一人の刑務官が両サイドから抱えて、男を処刑場に連れていく。

 白い布をかぶせて、首にロープを巻き付ける。

 暴れる男を残して、部屋を出る私達。


 午前十時丁度――

 相図と共に五人の刑務官が五つあるボタンを押す。

 私もその中の一人だった。

 この中の一つだけが、処刑場の足元が開くボタンである。

 人を殺す重みを実感させない為に。

 刑務官の心が病まないようにする為の処置だった。



(良い人殺しに、悪い人殺し……ね)



 所詮は私も、人を殺す仕事に就いている。

 もしかすると私も、人殺しと変わらないかもしれない。天国と地獄があれば、天国には行けないかもしれない。

 でも……今日の男と自分が同じだとは思いたくなかった。


 本日の仕事はこれにて終わりだ。たまには安楽死施設に勤めている友人が元気かと、顔を見に行くのもありかもしれない。

 電車で数駅と距離がある為に、行けば丁度昼時だ。

 驚かせるためにいきなり職場に突撃したら、私の顔を見てため息を吐かれた。


「顔見知りを殺さないといけない何て、鬱に成りそうだ」

「私は昼食を誘いに来ただけだ。勝手に殺すな」

「殺すのは俺の仕事だからなぁ」


 私もこいつも、なんだかんだ言いつつ、今日も生きている。

 年に一度か二度しかない死刑執行。ない年だってあるぐらいだ。

 私はたまになのに、これだけ気分が憂鬱になる。

 それをこの男は、毎日のように実行している。

 愚痴は多いけれど、こいつは凄い奴なのだ。私が認めている数少ない男なのだ。

 奢ってやると言うと、男は喜んだ。


「俺は焼肉が良いっ! 奢りなら断然、焼肉だっ!」


 おいおい、私は死刑執行の仕事を終えてきたばかりなんだぞ。それで肉何て食えるかよっ!

 と言いたかったけれど、こいつが私が刑務官だと知っているだけで、今日が死刑執行日だと知っている訳ではない。

 休みの日に、顔を出しに来てくれたとでも思っているのだろう。


「分かったよ。なら、行くか」

「人の金で食う飯程、美味いものはないっ!」 


 はしゃぐ男を連れて、私は安楽死施設を後にする。

 普段は暗い癖に、珍しい男の姿。

 でも、たまには馬鹿をやらなければやっていられないかもしれない。



 働くことは、とても大変なのだから。 

 


 明日からも、死刑囚と顔を見合わせる日々が続くだろう。

 今日ぐらいは、私も羽目を外すとするか。


「よし、飲むぞっ!」


 午後からも仕事があるので、男は飲めない。

 ズルいと言い続ける男に対して、私は言ってやった。


「酒を飲めないお前の前で飲む酒は美味い」


 私の言葉に男は大爆笑するのだった。


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