エピソード2.5 奇跡で救われた未来の話
静かな部屋で紅茶を淹れる瞬間が好きだ。
お湯を入れて、ティーパックから紅茶の色がさーっと出てくるのは最高。
「……って、何を考えてるんだろう」
自分で淹れた紅茶を飲みながら、呆れて苦笑する。湯気にも笑われた。
なんだよ、と思ってカップを睨みつけるが、お茶が答えるわけがない。
そんなことをしている自分が馬鹿らしくなり、思いっきり息を吐いた。それと同時に扉が開く。ばっちり目が合った。なんとなく気まずい空気。
気を取り直して出迎える。
「やぁ」
「お久しぶりです、先生」
律儀に頭を下げる彼は、悩める思春期少年。青春いいなぁ。
「二週間ぶり。元気だった?」
「多分元気でした」
「多分ってなんだよ。多分って」
「嘘です、凄く元気でした。っていうか、聞いてくださいよ先生」
「聞くためにあるんだよ、ここは」
そう、この暖かくて快適な部屋は、生徒の悩みを聞くためにある。
「あいつが怒ってるのは分かるんです。でも、どうして怒ってるのか全然分からないんですよ」
「早くも彼女と仲違い? いいんじゃないの、喧嘩しといた方がこれから楽だし。どうせ原因は君にあるんだろ?」
「そうなんですけどね、正論ですけどね! 僕が悪いんですよ!」
からかったらそっぽを向く男子生徒君。こっちからしたら、そんな初々しい悩み持ったことないから! という気持ちである。ちょっと羨ましい。
「怒らないでくださーい。けど、それは自分で気づかないといけない。じゃないと、同じ過ちを繰り返すだけだから。繰り返して彼女失ってもいいの?」
人は失わないと気づかないこともある。けれど、それは一度失ったことがある人間が気づかせてやればいいだけなのだ。気づかせてあげるのが、失ったことがある立場としての義務だと思う。
「それは嫌です」
「じゃあ自分で考えるしかない。といっても、先生だって彼女持ちだし経験はある。ヒントくらい出してあげるけど」
青春少年は表情を緩めて言った。
「いいです。こういうのが恋ですもんね、先生?」
「あー、それは本当に忘れて」
今聞いても恥ずかしい。
この生徒が最初に来たときに、人生の先輩として言った言葉。
「僕は好きですけどねぇ。そうだ、ずっと思ってたんですけど、先生ってなんでこうやって先生やってるんですか? そういう見た目じゃないから、初めてここに来た時は密かに驚いたんですけど」
先生ってなんで先生やってるんですか?
うん、少しおかしい。そんな細かいことは言わないけど。教師じゃあるまいし。
「きっかけは高校の時だよ。先生は、今の彼女を失いかけたことがあった。交通事故でね。これが絶望かって思い知らされた。そんなとき、特別な先生に出会った。その人が素晴らしい人で、憧れたんだ。今でもその先生とたまに会ってる」
忘れはしない。あの絶望と奇跡は、何年経っても鮮明に覚えている。
あれ以来、臆病者は辞めた。言わないといけないことは絶対に伝える。
時間は有限なのだ。
「会ってみたいです。先生が素直に誰かを認めるなんて珍しいですから」
「なんだと」
「いえ、なんでも」
あははーなんて乾いた笑い声で誤魔化せると思うなよ。
自分がひねくれてることは自分がよく知ってるって。
「ま、とにかく頑張れ。恋愛は一つの間違いで崩れるからね」
「……あと、もう一つ聞いていいですか」
「何?」
男子生徒君は真剣な面持ちで言った。
「先生の名前はなんですか」
思わず笑ってしまう。そういえば、そうだ。
ずっとお互いの名前を知らないまま、この部屋で会っていたなんて面白い。
「僕の名前は相宮優音。初めまして、君の名前は?」
名前を知らない男子生徒の名前を初めて知る。
「そう、よろしく」
「これからも、よろしくお願いします」
二人で礼を交わすと、なんだか笑えてきて、いつしか僕らは大笑いしていた。
しばらくして、帰宅時間になる。時間が経つのは早い。
「じゃあ、経過報告楽しみにしてるよ」
「はい。絶対に良い報告しますから、待っててください」
「あ、ちょっと待って」
僕は彼を引き留めた。そして、自分の腕からブレスレットを取る。
大切なブレスレット。あの人から受け継がれた、絆を繋ぐ物。
「これを貸してあげよう」
「なんですか?」
「想いが届く魔法のブレスレット」
僕のふざけた口調に、彼は笑った。
「ありがとうございます。……次には返しますね」
「うん。じゃあまた」
「失礼しました」
二週間に一度訪れてくる、恋する思春期少年。
彼は昔の僕と似てるところがある。
だからなのか、どうしてもかまいたくなってしまうのは仕方ないことだろう?
この職業に就いて良かったと思う。
本当に、あの先生には感謝ばかりだ。
「……カウンセラーになって、良かったですよ。凜乃弥先生」
いつか、あのブレスレットをあげたいと思える生徒に出会えればいいな。
fin.
僕たちの恋物語 歌音柚希 @utaneyuki
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