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 「シロ様が保持していたもうひとつの武器はダストグレネードと呼ばれています。粉塵爆発を誘発させる兵器ですが、使用者の安全を保証できず、殺傷力に確実性がないということで開発が中止されたものでした。ですがこの端末はステルスコーティングによって多少の進化が施されているようですね。私のスキャンに映らなかったのもおそらくそのせいでしょう」

 麻酔弾を打ち込んだシロを、材木でも抱えるみたいに持ち上げながらサラが呟く。爆発によってちぎれた足の付け根から杖のようなものを展開して、義足のように歩いている。

 「おかしいと思ったんだ。カナが襲われたとき、あちこち燃え上がってた。あのAIWGアイワグだけじゃ、あんなに激しい炎なんて出ないよね」

 僕がずっと感じていた違和感がそれだった。いくら未来の技術だからといって、水が火を起こすことはないはずだ。

 「すみません、ハル様。私の不注意で、ハル様にまでご迷惑を」

 迷惑だなんて思ってもいなかった。サラが生きているだけで、むしろ僕がここにいてよかったと思う。

 「あのシロのAIWGが当たらなかったのも、何かの兵器の力なの?」

 「はい、私自身の全モードに搭載されているパーティクルウォールです。空気中の微粒子を壁状に形成して攻撃を遮断するシステムなのですが、特性上、銃弾のような形状のものしか無効化できません。ダストグレネードに関しても粒子を操る兵器ですので、この微粒子を利用したパーティクルウォールでは防げないものです」

 見えない壁というのは適切な表現だったみたいだ。遮断できるものも限られているから、あのシロのナイフはかわすしかなかったのか。

 「ダストグレネードは、端末内に内蔵された金属物質から粒子を生成し、銃口から打ち出す構造をしています。粉塵爆発に必要な条件は、微粒子、酸素、着火点です。酸素は十分にあるという前提での兵器ですので、生成した粉塵を対象に打ち込み、ハンマーによって着火することで小規模の爆発を引き起こします。ですが、先ほど申し上げたように、対象者と使用者の距離が十分に取れないため、取り扱いに関しては十分ご注意ください」

 僕が使うことはないと思うけれど。担ぎ上げられているシロを見ると、ジャケットのあちこちに焦げ目がこびりついている。肌にも爛れたような火傷がいくつもあった。

 一体こいつは、何のためにこんな場所まで来たんだろう。使用者にとってもリスクが大きい兵器を持ち出してまで、何を求めて来たんだろう。ぼろぼろになってもまだ、シロの目の光は消えてはいなかった。




 シロは51層の隔離部屋に拘束することになった。隔離部屋とは言っても、留置場や刑務所のような薄暗い檻の中ではなかった。名目上はシロも被験者のひとりだから、ある程度の自由は保証されているみたいだ。ただ、また問題を起こさないように部屋から抜け出せないようになっているだけで。

 麻酔でいまだに目を覚まさないシロをベッドに横たえて、サラは生々しくちぎれた片足を僕から受け取って持ち上げる。

 「私はこれから自己修復に入ります。申し訳ありませんが、2時間ほど被験者補助プログラムを停止させていただきます」

 「うん、早く直したほうがいいよ。見てるだけで痛々しいから……」

 実際、断面が隠れていると本物の足みたいで見ていられない。平気な顔をしているサラから目を背けると、シロが眠っているベッドの傍らに紙切れのようなものを見つける。

 「……写真?」

 拾い上げると、鮮やかな桜の下で微笑むひとりの少女が映った写真だった。隣にもうひとりいるみたいだけれど、大きな穴が空いていて、膝から下しか写っていない。

 「ハル様、どうかされましたか」

 「あ、うん、こんな写真持ってたかな、と思って。もしかしてシロのかな」

 シロはジャケットにサラの麻酔弾を何発も食らっていたから、この穴はその時にできたものかもしれない。

 「サラ、この子見たことある? ――って、そういえばこういうのも話せないんだっけ」

 「いえ、この方はデータベース上には存在しないようなので、被験者ではありません。被写体の背景から推測すると、おそらくハル様がコールドスリープを行う以前のものだと思われます。現環境では、地球上に桜の木は存在しませんので」

 この世界では桜も存在しないのか。外が一面砂漠になってしまったのだから当然か。

 「ハル様の関係者かもしれません。記憶の手がかりになる可能性もありますので、保管しておいたほうがよろしいかと」

 僕は頷いて写真をポケットにねじ込んだ。カナの様子も心配だし、サラも片足のない状態のままにしておくわけにはいかない。ゆっくりと歩くサラに合わせて、シロの隔離室をあとにした。




 「ハル君、ごめんね、危険な目に合わせちゃって」

 カナの様子を見に行くと、包帯だらけでベッドに腰掛けていた。もう身を起こせるくらいには回復しているみたいだ。サラの処置のおかげか、それとも進化した未知の医療技術のおかげかはわからないけれど、とにかく無事でよかった。

 「あいつはあのあとサラと一緒に捕まえたから、もう大丈夫だよ」

 「ハル君、シロを追いかけたの? 怪我してない? 何かされなかった?」

 カナは自分の怪我のことなんて見えていないかのように僕の心配をしだす。いや、どう見たってきみのほうが重症だよ。腕や足だけでも痛々しい包帯がいくつも巻いてあるし、横腹の銃痕は服で隠れているけれど、そこだって包帯で覆われているはずだ。

 「シロは危ないよ、私が襲われた時も、まともに会話できなかったんだから」

 だって、黙っていられないじゃないか、きみをこんな目に遭わせたやつがすぐ近くにいたんだ。僕が立ち向かわなきゃ、誰がきみの痛みを晴らすんだ。静かに逃げ回ってやり過ごすなんてできない。

 「……でも、何ともなくてよかった。ほんとに、よかった」

 カナは優しい微笑みで僕に手を寄せる。暖かい手が僕の腕をなぞると、どきっとしてしまう。カナは女の子だし、その綺麗な顔で見つめられるとくすぐったくて仕方ない。僕は慌てながら言葉を探す。

 「そ、そういえば、カナが襲われた時のことを教えてよ。シロは覚醒後にこの施設を出て行ったんだ。今になって戻ってきた理由を知りたいんだ。僕の記憶を取り戻す方法も見つかるかもしれないから」

 「あ、う、うん、そうだね。ハル君、覚えてないんだよね、何も」

 少し暗い表情になって呟いた。気のせいかな、僕にはカナのその表情が何か含みのあるもののように見えた。

 「シロの目的はわからないけど、何か探しているみたいだったよ。この世界の情報が欲しかったみたいで、資料室みたいなところに入れないかって。何も知らない、サラちゃんに聞けばって言ったら、あの銃で撃たれたの」

 話を聞く限りじゃ、シロの目的はまったくわからない。カナが撃たれたのも、何か悪いことをしたようには感じないし、やっぱり本人に直接聞くしかないのかな。

 「そういえば、サラちゃんはどこにいるの? 私もちょっと聞きたいことがあったんだけど」

 カナはサラの状態を知らないんだった。僕はシロを追いかけて起こったことを伝えた。

 「……やっぱり、シロは危ない人だよ。ねえハル君、またシロのところに行こうとしてるでしょ。ダメだよ、そんなの。今度は何かされて怪我するかもしれないんだから」

 僕の考えを読み取ったみたいに、カナは僕の腕を掴む。心配してくれているのは嬉しいけれど、僕は自分の記憶を取り戻したい。シロだって、今の状況じゃ目的を果たせないってわかってるはずだ。無茶なことはしてこない、と思う。

 僕の目を覗き込んだカナは、俯いて静かに手を離した。僕の心の内をすべて理解しているかのようだった。

 「ハル君はずるいよ。何も言えなくなっちゃうんだもん。シロを捕まえた時だって、危ないところに勇気だけで飛び込んで行っちゃうでしょ。どうしてそんなに強くいられるの? いつもはもっと頼りないのに」

 そりゃ僕はバイタリティルームでカナについていけないくらい弱いけれど。

 たしかに無謀なのかもしれない。でも、たとえ危ないとしても、やらなきゃいけないことなんていくらでもある。この無法の新世界に限らず、今まで僕が暮らしていただろう時代でも同じだ。

 とにかく、対話をするなら今がチャンスだ。装備もすべて取り上げて大人しくなっているわけだから、シロの持っている情報を引き出すなら今しかない。できれば何か交渉の材料になるものがあればいいのだけれど。

 ふと、ポケットにねじ込んでいた写真のことを思い出す。これがシロのものだったら、何かの役に立つかもしれない。一応頭の片隅に置いておこう。

 「もしハル君がどうしても行くって言うなら、私も行くからね。ひとりでなんて行っちゃダメだよ」

 「そんなの――」

 ダメだ、と言いかけて言葉が詰まる。危険だと思うし、カナをまたシロの前に連れて行きたくない。だけど、カナも同じことを思って僕を引き止めた。その警告をまったく無視して突っ走っている僕に、彼女を拒否する権利はあるのか? 戦闘に関しては、きっとカナは僕よりも強い。何の役にも立たない僕よりも、シロと対峙する力はある。

 それに僕は自分のことしか考えていなかった。カナを殺されかけて、ただ怒りに任せてシロを蹴り飛ばした。だけどカナは自分がこんな目に遭ってもまだ、僕のことを心配してくれているのに。

 「――ダメだ、僕ひとりで行く」

 自分が情けなくなって、同時に少しずついやな感情が湧き上がってきた。ひとりで行くと言ったのは、たぶん意地みたいなものだ。カナはたしかに頼もしいけれど、僕にだってできることがあると信じたかった。誰かに頼るだけの自分が許せなかった。ほんのちょっとだけでも、僕がこの新世界に生きる意味を感じたかった。

 「ハル君、待って!」

 僕は背中で叫ぶカナを無視して部屋を飛び出した。




 胃の底の方で黒い感情が渦巻いていた。自分でもどうしてこんなにいやな気分になっているのかわからないけれど、小さな怒りが泡のように湧き上がる感じだった。その怒りの対象が自分に向いていることはわかっている。

 その得体の知れない感情に任せて、シロの隔離部屋の前まで来たところで気づく。そもそもこの部屋はLEVEL3のロックがかかっているじゃないか。僕の権限じゃ開けることもできない。それにシロはおそらくまだ麻酔で眠っている。サラの修復もまだ終わっていなさそうだ。熱くなって何も見えなくなっていた。

 そういえば、シロはどうやってサーバールームに入ろうとしていたんだろう。今まで理由ばかり考えていたせいで、その方法のことを考えていなかった。どこかでLEVEL5のロックを解除するキーを手に入れているとか? いや、覚醒してすぐに外に出ているんだから、そんな暇なんてなかったはずだ。

 やっぱり強引に扉を突き破ってでも入ろうとしていたんだろうか。あの乱暴な性格なら有り得そうだ。

 ロックされた隔離部屋の扉を背にして膝を抱えていると、次第に瞼が落ち始める。シロの襲撃を受けてからしばらく休んでいなかった。そのうち、僕の意識は水底に落ちていくように、ゆっくりと眠りに沈んでいった。

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新世界のゼロ 伊吹ハルカ @Airriss

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