見栄張り文通生活

冴貫言文

始まりの章

始まり 上 栄吉の視点

『メールが届きましたよ、マスター』

「誰からのメールか確認してくれ」

『かしこまりました』

 時は近未来にあらず。このやり取りは別に携帯電話の新機能でも無ければ魔術的な何かが乗り移っている訳でもない。栄吉えいきちが少々頭に問題を抱えているだけだ。短大を卒業して数年、フリーター生活も長くあまり人と対話する機会も無い彼はいつしかSiriに自分の事を『マスター』と呼ばせ様々な会話を登録していた。

 届いたメールのアドレスが見た事も無い物だと確認が取れると栄吉は声を上げる。

「いらないやつだ」

『オペレーション・デリート、執行致します』

 これは中二病と言う症状とはまた違う別の病だ。心の底からこういった行為をかっこいいと思っている訳ではなく、あくまで暇つぶしだと彼は言う。究極の暇つぶし、自分の人生その物を客観的な笑い事にする事で無意味な楽しさを求めているのだ。

「はぁ……」

 何かが物足りない。やはりこういった芸は誰かに見せ、誰かと共有して初めて楽しさを感じるのだろう。削除した迷惑メールと共にこの遊びに対する熱も捨て去った。狭い部屋の数少ないスペースをわがままに陣取るベッドに腰を下し慣れた手つきで携帯を操作し始めた。Siriに登録してきた全ての言語を削除し始めたのだ。登録してきた言語が膨大だったため削除には半時間ほどの時間とそれなりの体力を要した。

「だめだ……、疲れた……」

 栄吉は深い眠りに就く。


ピリリリ


 目が覚めたのは携帯から発せられる聞き慣れない音、Siriでは無い音によって通知されたメールだった。普段は携帯の音で目を覚ます様な栄吉では無いが聞き慣れない音だったせいでつい目が覚めてしまった。

「まだ朝の六時じゃねえか。こんな時間に迷惑メールだなんて迷惑なこった」

 知り合いの少ない彼に届くのは迷惑メール以外にありえない。彼のメールアドレスを知る知人は何人かいるがメールが送られてきた試しは一度も無い。だからこそ先日のくだりも迷惑メールだと分かった上でやっている。栄吉はメールを開いた。

「あれ?」

 栄吉は久しぶりに驚きと言う言葉を思い出した。届いたのは迷惑メール何かではない。小学五年生の頃に転校してしまった親友、八尋やひろからの物だった。


“拝啓


突然のメールに驚かれているとは思いますがまずは挨拶からさせてください。お久しぶりです、お元気ですか?

拝啓とは綴り始めた物のこなれていない形式で語るのにも少し抵抗があるので普段通りに書かさせて頂きます。

先日、第三小学校の同窓会に参加した時、マサル君からメールアドレスを教えてもらいました。本当に懐かしいです。栄吉君とは毎日一緒に遊びましたね。楽しい時も辛い時も共にした親友として僕は今でも君の事を誇りに思っています。

同窓会に顔を出してみると栄吉君は不参加との事でしたのでメールアドレスを教えてもらい、また別の機会にでも時間が取れればなと思っておりました。

四月に入ったばかりでお仕事がお忙しいかとは思いますがご都合が良い日があるのでしたら是非一度お会いしませんか?

お返事、お待ちしております。


八尋”


 同窓会に行かなかった事実やマサルと言う栄吉のメールアドレスを知っている数少ない知人の名前が上がる事、間違いなくこれは八尋からのメールだった。

「八尋ってまじか! さっそく返事を書かなくちゃいけねえ!」

 栄吉は活き活きと携帯電話を両手で握りしめメールを打ち始めた。何度も文を書いては消し、書いては消しを繰り返した。十何年ぶりにもなる電子的対話に戸惑いを覚えながらも短い文が完成した。


“八尋じゃんか、久しぶりだな!

その堅苦しい感じ止めにしないか?

長らく合っていなかったとはいえ友達だろ?”


 返事が帰ってくるまで栄吉はそわそわしていた。落ち着かない。どうにも落ち着かないのだ。形容しがたいこそばゆさが彼をまとった。

「そうだ! 返事がくるまでに卒業アルバムでも探すか」

 親友、友達とは豪語してもそれは十何年も昔の話。正直な事を言ってしまえば栄吉は八尋の事をあまり覚えていなかった。一緒に遊んだ日々やおぼろげな記憶は残っているが顔までは思い出せない。名前にしてもそうだ。『八尋』と言う名前ははっきりと覚えているが苗字に関しては全く覚えていない。そんな記憶を取り戻すかの様に部屋中を引っ掻き回し、卒業アルバムを探した。

「無ぇなぁ」

 ずぼらな栄吉は自分が卒業アルバムをどこにしまったのかなんて覚えていない。実家に置いてきたか、捨てたか、その真偽は分からなかった。そうこうしていると八尋からの返事が届いた。


“そう言ってくれて嬉しいよ。最後に話したのが小学五年生だったから不安だったんだよね。僕の事も忘れられたんじゃないかと心配する始末でさ……。


そうだ、あの約束には近づけたかい? それが気になって連絡したんだ。”


 約束なんてした覚えの無い栄吉は頭を悩ませた。

「約束って何の事だろう」

 携帯に視線を下し、天井を見上げ、また下ろした。いくら考えてもその約束とやらは出てこない。だからと言って栄吉はその約束が何かと聞こうとはしなかった。八尋が不安がりながらも送って来たメールに泥を塗りたく無かったのだ。小学生の頃から栄吉は八尋の兄貴分、そんな頼りない姿は見せたく無いのだ。

「痛っ」

 部屋中を引っ掻き回したせいで辺りに小物が散らばっている。足場なんて言葉がこの一室には無いみたいだ。足で踏んだ何かをベッドの上に置き、救急箱から消毒液と絆創膏を取り出した。小さな傷跡を丁寧に消毒していると自分が踏んだ物が何だったのか気になり始めた。栄吉はその物を手に取った。

「あ!」

 一冊のハードカバー本だった。何かを思い出したかの様に手に持っていた消毒液を投げ捨てその本の頁を捲り始めた。五年三組と書かれたその本は学校が支給する一冊の日誌だ。ハードカバーにする事で生徒の思い出の品になる様にとの思いが込められたその一冊には当然八尋との別れの事も書いてあった。当然、約束の事も。日誌にはこう書き記されていた。


“今日はやひろ君とお別れ会をしました。本当にかなしかったです。

でも俺はもう泣きません。やひろ君と大事な約束をしたからです。

俺は大きくなったら昆虫はかせに、やひろ君はいっぱい勉強をして皆の役に立つ人になるって言いました。

だから俺は明日からがんばっていっぱい昆虫の勉強をします。”


 明日からがんばると言う単語に自分が天性のだめ人間だと言う事を小学生の頃から見いだしていた事に栄吉は笑いながらもため息をついた。

「約束ってこれの事か」

 昆虫博士になる、そんな夢を抱いていた時期もあったなと昔の事を思い出した。小学生の興味とは浮気者ですぐに他の物事に移ってしまう。昆虫採集もその一つだ。小学校六年生の頃には昆虫なんて物には興味を無くし、今では鬱陶しく思うほどだ。

「さて、返事でも書くかな。えっと……。残念だけど昆虫はも……」

 手が止まった。栄吉は自分の携帯画面に映っている醜く情けない自分の文字を眺めた。八尋の兄貴分として、富士見ふじみ栄吉として、このままで良いとは思えなかった。今日の日付はエイプリルフール、嘘をつく事が許された日なのだ。栄吉は深く深呼吸をすると携帯電話に前屈みになりメールを打ち始めた。


“ああ、俺が昆虫博士、お前は人の役に立つ人間になるって話しだろ!

今は大学院の研究チームでカブトムシの生態について調べているところだ!俺はまだ新人だからもう調べ尽くされているカブトムシの様な昆虫ばかりを扱っているがいつかは自分で新種を発見出来る様になってみせるぜ!

お前はどうだ?人の役に立てそうか?”


 この嘘一つが栄吉と八尋、二人の人生を大きく変える事になる。

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