第二十九話 悪夢

『吾輩の行動理念はマニトゥのソレと同一デス。人類の管理こそが我等ノ役割ダ。

 言ってしまえば。我々は共に、同じ歯車に導かれ駆動する事で舞台を回す、長針と短針のよウナモノ。それぞれが対極となる時計ノ円環。生かす事で民草を救い導くのがマニトゥであルナラバ。殺す事で愚民の数を管理し、端数の帳尻を合わせることこそが、吾輩ノ宿命。存在意義。それ以外に目的などありはしなイノデス!』


 それこそが答えだった。


 家畜を管理する上で必ず出現する選択肢――つまりは、殺処分。

 病んだ個体、不出来な個体、老いた個体など、などと。ことにおいては、そういった規格外れの個体は廃棄してしまうのが常道だ。喩え対象が人間であろうと関係ない。けれどマニトゥは、その選択を意図して拒否し続けた。

 故に、ソレは生まれた。

 楽園の適切な運営を補佐するために、自発的に生じた知性体。枢機基地ジオフロントの最奥に保管されていた大天才の碩学――偉大なる一族の始祖チャールズ・バベッジ・クルーシュチャの聖骸から摘出された脳を媒介に、自然発生した新たな自我。

 つまりは――それこそが、ソレの正体。

 楽園を運用し人類の保全を役割とする、機械精霊エルダー・ゴッドたる守護者・マニトゥの対極。楽園の転覆を図り、混沌をもたらし、人類を虐殺することを目的とする生粋の機械悪霊アウター・ゴッド―――魔術師・ミスカマカスだ。


「……なら、先生が言っていたことは」

『嘘ではありマセンヨ? 澱んだ灰色の空の下に、平和なんてものは何処にも在リマセン。それハ事実ダ。ただし、仮令たとえソレが何色であろうと、現実は変わらないというのが真相なんですケドネー!』


 ―――人間の認識とは、斯くも実に曖昧ナモノダ!

 ほんの少しの真実を交えてそそのかすだけで、意図も容易く、虚構と現実の区別が付かなくなってしまうのですカラネェ!


『この世は舞台、人ハ皆役者――ニンゲンの営為はそのことごとくが喜劇であり悲劇であり、故に素晴らしク面白イ! 我々にとっては、貴方達の存在そのものが娯楽ナノダ。だから詰まらないモノは舞台から排除スル。平穏な日常など決してくれてはヤラナイ。ただ、それだけのコトデス―――!』


 ゲラゲラと、腹を抱えて大笑する時計男。

 金属の軋み、撓んだ肉が弾ける音、歯車が高速で噛み合い、喉の奥に仕込まれた振り子が奇怪に揺れ、左の眼窩に埋め込まれた時計の針がぐるぐると回っている。自らに搭載された機構の全てを使って、ソレは全身全霊で嘲笑っていた。


 其なる者は死を司る混沌、醜悪な幻想オーギュスト・ファンタズムの一柱。

 属性はDark。欺瞞の理を持つ無貌。純粋なる邪悪。生命を冒涜する機械。


 この世全ての尊厳ある者が、己が身命を賭して必ずや打倒しなければならない怪物――その一つの到達点カタチ、極北に至った化け物であった。


 アランが跳んだ。


 黒い影が宙を奔る。二条の赤い眼光が、魔法のような軌跡を描く。

 一瞬遅れて爆音が轟いた。予備動作を排し、魔術によって生じた爆発の衝撃で以って飛翔したアランは、勢いに任せて、左足の爪先を敵の側頭部に叩き込む。

 鞭のように撓る足が、時計男を壇上から蹴り落とした。

『ギャ―――! クリーニングに出したばかりの吾輩の一張羅が、煤ダラケニ!』

 最早、アランには軽口に耳を貸す気概すら毛頭ありはしなかった。思考の一切を憤怒に染め上げて、機械よりも正確に、容赦なく連撃を積み重ねる。


 アランの猛攻は熾烈を極めた。


 体捌きは切れを増し、手数は単純に倍加。そしてその悉くが必殺の威力を秘めている。彼が身に修めた武道の技は、既に対人の域を超え、大型の魔物すら一撃の下に粉砕せしめる武神の鉄槌へと昇華されていた。

 更には、そこに魔術の補佐が加算される。

 最早受け流すことは不可能であった。時計男に許された行動は、最初の一幕と同じ回避の一択のみ。


 ―――足りない。

 これでは、到底足りない。


 この程度ではない筈だ――と、


 アラン・ウィックはミスカマカスを憎悪している。その存在がただ眼前に在ることすら許し難いと、狂おしいほどに怒っている。一刻でも早く消してしまわなければ気が済まないのだと、激しく憤っていた。


 ―――さて、本当にそうだろうか?


 時計男を潰したいのなら、もっと効率的で且つ確実な方法がある筈だ。それも、今すぐにでも実行可能な手段が。

 元よりこと閉所でのにおいて、アラン・ウィックの右に並ぶ者などこの世に存在しない。どのような物質であれ、どのような物体であれ、彼の魔術の前では崩壊を免れない。。その筈だ。

 にも関わらず、敵が長期的に存命しているのであれば――それは。

 

『―――良い事を教えてあげマショウ』


 不意に――回避一辺倒だった時計男の動きが変化する。

 時計男は突き出されるアランの腕を掴むと、巧みな体捌きで彼の後方へ回り込む。そして背中合わせになったところでアランの股の間に足を差し入れて絡ませ、更に掴んでいるのとは反対の腕の肘を、己の肘で捕えた。

 捕縛した一瞬の隙を突き、粘つく蜜のような声音で時計男は嗤う。

 それは、悪魔の囁きだった。

『なぁに、簡単ナ事デス。少々遺憾ですが、それ程までに吾輩を排除したいと欲するのならね、アラン? 吾輩をこの施設――枢機基地ジオフロントごと、貴方の魔術で爆破してしまえばいいノデスヨ。跡形もなく木っ端微塵に、ネェ?』

 言葉は、それこそ魔法のようにアランの体を呪縛した。

 少年の端整な面貌にひびが入る。それは明らかな動揺だった。

「お前―――」

 自分で何を言っているのか分かっているのか、と。少年が目をすがめる。


 時計男が言っているのは、端的に表現するなら自爆だ。

 そんな馬鹿な手、全く考えもしなかった――といえば、それは嘘になる。


 確かにアランの魔術であれば、枢機基地ジオフロントを丸ごと吹き飛ばすことも、それによって時計男を撃滅することも可能である。それどころか、攻撃後に落ちてくるであろう溶岩と瓦礫に圧し潰され生き埋めになったとしても、その状態から無傷で生還することすら容易であった。

(いや、そこまでやる必要はない。吹き飛ばすのはこのフロアだけで事足りる)

 無論、それでも犠牲者は出るだろうが。

 可能性としては僅かなものだが――レナータの死の歌と、ヴュアルネの兵器群の両方の脅威を掻い潜って生存している枢機基地ジオフロント職員の存在も零ではあるまい。そういった人間はまず間違いなく死ぬことになる。

 場合によっては、カルティエですらその範疇はんちゅうに含まれるだろう。彼女の間の悪さには致命的なものがあった。運悪く巻き込まれる可能性は高い。

 けれど、

 

(この野郎――言われなくとも、それが出来るならやっている!)

 舌の裏に苦汁が沸く。アランは苛立ちと共にそれを飲み下した。


 現在、アランに課せられた任務は二つ。


 一つは眼前敵の完全破壊。

 そしてもう一つは、占領された都市機能の復旧及びその補佐である。

 もしも達成目標が前者だけであったなら――アランは喜んで自爆しただろう。

 だが、後者も同時に達成しなければならないとなれば、話は別だった。

 航空機で街に穴を空けるだけならば、それは超法規的な措置に基づくやむを得ない犠牲コラテラルダメージであると言い訳が立つ。しかし奪還目標そのものを爆破してしまっては、面目が立たないどころでは済まされない。

 しかも与えられた情報によれば、階差解析機関トリスメギストスは三つあり、マニトゥと有線で接続しているという。ということは、それぞれがそう遠くない場所に配置されていると考えるべきだ。

 都市の運用やその他に関わる、精密な扱いを要する電子機器。そんなものを意図的に吹き飛ばせばどうなるか―――

 事態の収拾は不可能になる。

(徒手空拳による制圧こそがこの場における最善だ。奴の言葉に惑わされるな)

 奥歯を噛み締め、逸る心を押し殺す。

 事態は膠着こうちゃくしているが、しかしこれが今取り得る手段の中で最善に違いないのだとアランは確信していた。

 派手に魔術を行使すれば目標の達成は不可能になり、かと言って状況打破の為に撤退を選択すれば、それが喩え一時の事であろうと、時計男は容赦なく死の歌を再生して王手を掛けるだろう。故にアランはこのまま無手で戦うしかない。

(……まあ、カルティエが応援に来てくれる可能性もなくはないが。そんなものを期待しているようでは話にならない。やはり今、この手で時計男を壊すしかない)

 決意を新たに、ほぞを固め敵を睨む。

 そんなアランの様子を、時計男は一言で表した。

『フム――期待外レデスネ』

 やれやれと、大仰に肩を竦めて。

『勘の良さ、直感の鋭さに関しては特筆すべきものがありますが、理詰めの思考がその長所を殺シテイル。一つ一つの綻びには気付けても、全体の異常が察知出来ナイ。猜疑心を持って物事を俯瞰する心が欠ケテイル。単なる爆弾なら兎も角、知能ある生物兵器として正しい在り方とはとても言エマセン。そのままでは満点はあげられまセンネェ。いや、それはそれで構わないのデスガネ? を用意した甲斐がありマスカラ―――!』

 瞬間、背後から衝撃が飛来する。

 差し込んだ足を押し込むことでまんまとアランの体軸を崩し、更に時計男は肩からぶつかることで少年の体を弾き飛ばす。そして即座に反転するや否や、両腕を後方に引き絞り、蛇の如く身を沈めて獲物に肉薄する。

 狙いは背面、運動神経の密集する脊椎。そこを破壊されたとあっては、幾らアランといえども行動不能を余儀なくされる急所である。

(させるか―――!)

 背後から迫る死の恐怖を、アランは真正面から飲み下す道を選択した。

 強引に態勢を立て直し、必殺の双撞掌ソウドウショウが繰り出される前に捕縛する。相手の掌に自らの五指を絡み付かせて抑え込む手四つの型だ。

 拮抗する膂力りょりょく電磁場ローレンツ力。

 正面から睨み合う憤怒の獣と機械の化物ケモノ

 片方は地獄の業火も斯くやという赫然とした輝きを宿す双眸を細め、奥歯を粉砕しかねないほどに噛み締めた悪鬼の形相。

 片方はただひたすらに目の前のものを玩弄する、悪意と嘲りに満ちた道化師の如き形相。

 どちらも苛烈という他ない有り様であった。

『げひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃヒャヒャ―――!』

「ぐっ、……ぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――!」

 剛力による互角の競り合い。それに何よりもまず最初に屈したのは、地面であった。

 二人の足元――硬い建材で造られた床に亀裂が走り、一秒を過ぎる毎にソレは倍々算で大きくなっていく。崩壊はいずれ、どちらかの敗因という形で現れるだろう。


 しかし、そんな間抜けな結末は願い下げだ。


 一呼。

 一吸。


 アランは互角に圧し合う手四つの態勢を維持したまま、己の肉体に意識を向ける。全身に漲る力の方向を正確に捉え、新たな動力の巡る経路を形成。丹田に満ちる熱をそちらへと流し込み、全身全霊を込めたケイを発する。

 瞬間――時計男の右腕が、肩口からもげた。

 武術において、拳とは腕力のみで振るうものではない。肩から先の部位だけで行使される筋力など、全身の体重と瞬発力を相乗した発勁モーメントの破壊力に比べれば格段に劣るものだ。

 ―――これは、その証明。

 腕を拘束された手四つの体勢から拳撃を放つという暴挙。それを成し遂げ、敵を破壊せしめた格闘技法マーシャルアーツ――俗にいう寸勁スンケイの術技である。

『ゲボッ!?』

 衝撃の煽りを受けて、時計男が不安定に大きくよろめいた。

 片腕の喪失は体幹スタビライザーの失調を意味する。全体のバランスを崩された機械の人形は、自己を状況に最適化させるまでに多少の猶予を必要とした。

 つまりは、どうしようもない隙である。

「―――――」

 今度こそは、と矢弓の如く引き絞られる右拳。この茶番劇に幕を引くに相応しい必中の魔拳が放たれる――筈、が。

 直前に、時計男が閉幕の鐘を鳴らす。擦れ合う指先が軽やかな音を奏でる。


 ―――パチン


『時間切れ、デス!』

「がっ……!?」

 拳は放たれることなく宙を泳ぎ、踏み込んだ筈の足は地面を滑ってその身を無様に横たわらせていた。

 一体、何が起きたのか。何をされたのか。

 理解は及ばなかったが、その分、自らの身に降って湧いた激痛と吐き気だけは鮮明だった。まるで耳の中で突然に爆竹が爆ぜたかのような衝撃が耳管の中で荒れ狂い、それによって鼓膜どころか三半規管を丸ごと粉砕された――そんな心地である。

 そして、その認識は間違っていない。アランの聴覚器官は完膚なきまでに破壊され、手酷い炎症を起こしている。それは事実だ。


 だが――それならば、一体何故、どうやって?


 いきなり耳管が弾け飛ぶ怪現象――その原因は時計男にあるのだと、アランは直感によって看破していた。しかしその手段について理解が及ばない。


 ―――本当にBowwow


「…………」

 気が付けば、目の前に黒い犬の面を着けた子供がいた。

 ぐにゃぐにゃと歪んだ視界の中、ソレだけが正常な姿をしていた。

 子供は膝を屈めて座り込み、膝頭に頬杖を突いて少年を見下ろしている。犬面の奥から覗く赤い目を責めるように細め、子供はささやくように吠えた。


 ―――覚えているでしょBowwowオシオキだよBowwowよくやられたじゃないBowwow


 重ねて問い掛けてくる声に、少年は答えない。

 これは幻だ。幻覚なのだから、気にしても仕方がない。

 自身をそう納得させれば、後は話が早かった。犬面の子供の姿は視界から掻き消える。その代わりに、時計男の姿が入り込んできた。

『貴方の魔術は触れる事で作用スル。言い換えれば、それは貴方自身が「触れた」と認識出来なければ発動しない、とイウ事ダ』

 朗々と語る敵の声が耳朶じだに流れ込む。破けた鼓膜の再生は既に済んでいて、言葉を認識する知性も生きているが、しかし体感だけが依然として壊れたままだった。

『現状、その条件に当て嵌まるものはこの世に三ツアル。気体、光、ソシテ音。貴方はこの三つからはどうあっても逃れられず、そして防ぐこともままナラナイ。有り体に言うならば――それが、アラン・ウィックの弱点といウ訳デス』

 講義は朗々と続く。

『今食らわせたのは音――エレナの魔術による、指向性の音響攻撃ダ。

 大気を歪ませ光を屈折させる程の莫大な音圧を、周囲に一切の影響を与える事なく、貴方の聴覚器官にのみ直接叩き込ミマシタ。そうなれば一体どウナルカ。

 ―――鼓膜と耳管を破壊さレタ場合。人間は音が聞こえなくなるばかりか、三半規管が完全に狂い、一時的に平衡感覚を喪失スル。立ち上がることは困難になり、外界を認識することすら難シクナル。丁度、今の貴方のよウニネェ?』

 事実である。

 加えて言えば、たとえ傷付いた鼓膜や耳管が即座に再生しようとも、一度狂った三半規管は容易に復調しない。感覚が元に戻るまで、相応の時間を要する。

「…………」

『ああ、疑問は分かリマスヨ。あの状態のエレナが生きている筈がない、吾輩を援護するのは不可能ダト。けれど言ったデショウ? 魔術とは、知性体が持つ常識ルールの具現デス。逆に言えば、知性活動そのものが可能な状態であるならば、それだけで行使する事自体は可能なノデスヨ』

 出来の悪い生徒を宥めるように、時計男は丁寧に語る。


 エレナ・S・アルジェントの魔術は声に宿る。


 彼女の声は人を狂わせ、声帯から伝播する大気の震えは衝撃波となって敵を制圧する。アラン自身、幾度も身を以って知ったことだ。

「…………」

『フム。「どちらにせよ、今の彼女に魔術を行使するのは不可能でハナイカ」、デスカ? その疑問は御尤ごもっとモ――と、言いたい所デスガネ。残念ながらそんな事も解らないようでは駄目駄目デスネ。落第は不可避デス』

「…………」

『返事がないと少し寂しイデスネ……まあ、いいデショウ。ですが味気ないので先に結論から言っちゃいまショウカ。

 仮令たとえ機械に組み込まれ意識を喪失している状態であろうと、魔術の行使は可能デス。自己を認識する知性は細胞単位で宿るものでスカラネ。脳が拒絶しようとも、体が接続した機器を己の一部として認識しさえすれば、その時点でソレは己の手足の延長となルノデス。ホラ、貴方だって身に覚えがあるデショウ?』

 事実である。

 本来、アランの魔術がその効果を発揮する対象は自己の内部――つまりは肉体に限定される。にも関わらず、衣服や武器等の『接触した物体』にも作用させることが出来るのは、彼の意識的な訓練による成果の賜物であった。

 異物を己の手足の延長として認識し、許容する。

 そうすることで対象を自身の一部として同化し、それによって初めて、アランは肉体の外部に対しても魔術を行使することが可能となるのだ。

 世界を認識する知性――それこそが、あらゆる魔術の源泉であるが故に。


 これは、その逆説的な証明。


 機械に組み込まれた部品となったエレナ・S・アルジェントは、電子信号の命令に従って魔術を行使する。命令通りに、己の手足の延長線上にある媒介を活用して。

『―――言ってシマエバ。この装置に繋がっている全ての端末と、それに付属する悉くの拡声器スピーカーこそが、今の彼女の声帯ナノデス。ありとあらゆる拡声器スピーカーが奏でる電子音は、エレナの歌そノモノダ』

 それこそが死の歌の正体。

 レナータではなく――生粋の魔女セイレーン、エレナ・アルジェントの歌だ。

『……今、吾輩が話した講義の内容は、事前に貴方が予習してあった情報を総括したものでしかあリマセン。人形レナータを始めとして、吾輩は貴方にこれまでも多くのヒントを与え続けてイマシタ。

 遊戯ゲームの種目を伝え、仕掛けギミックを確認させ、その上でそちらの都合は聞かないと予メ断ッタ。魔術の特性を教え、事前に閃光発音筒スタングレネードを使用して警告を発し、あまつさえ、攻略の方法を丁寧に忠告したりしまシタネェ。

 ―――もしも貴方が正確に情報を精査する事が出来ていたなら、こんな結果には至らなかったデショウ。本当に残念デス』

 嘆息交じりに囁きながら、時計男は肩を竦めて頭を振る。

 彼はおもむろにアランの下へ近付いた。時計男は横たわった少年の肩を蹴り、仰向けにする。そして馬乗りになり、左腕で頭を鷲掴みにした。

 接触しても、魔術による爆発が時計男を襲うことはない。

 体感が狂った状態で魔術は使用できない。加減が出来ず、精度を欠くからだ。彼がそんな状態でも構わずに魔術を行使するような人間であるなら、そもそも敵と対面した時点で、何もかも遠慮なく吹き飛ばしている。

『サテ――答え合わせは済ミマシタ。問一は加点、問二ハ減点。攻撃性能に関しては文句ナシなのですが、しかしこのままでは精神面及び思想面に多大な不安要素が残リマスネ。兵器ニンゲンとしては欠陥品でしかあリマセン。ナノデ――要らない物は、消してしまう事と致しまショウカ』

 ずい、と時計男が少年の顔に自らの頭部を近付ける。

 時計男は左手の五指を使い、器用に少年の瞼を押さえつける。赤い瞳が不安定に揺らぎ、外気に晒された白目がほんの僅かに血走った。

 時計男が、がぱりと顎を開く。

 歯のように並ぶチェーンの隙間から、二本の端子が伸びてきた。

 チューブで覆われたケーブルが、触手の如く蠢いている。その先端部はドリルのように捩じれ尖っており、既存のどの機械にも適合しないであろう繊細な細い接続部品が五本、放射状に生えていた。

『吾輩に身を預けなさい、アラン・ウィック。貴方には特別に、レナータと同じ処置を施して差し上げマショウ。彼女やその御家族と同様に、貴方も現実を正しく認識出来ていないようデスシネ。グフフ、覚悟はいいデスカァ? 貴方自身が忘却した自らのトラウマを、自我が崩壊するまで、何度も何度も再生してあげますカラネェ?』

 嗜虐の滲む下卑た粘つく声で、時計男がせせら笑う。

 その嘲笑から目を逸らすことなく毅然と睨み返して――しかし少年は、慣れた諦観からこれから襲い来るであろう激痛を予感し、固く歯を噛み締める。


『サア――この闇ヲ見ロ。そして己が名を思い出すがいい、カチナドール!』


 二本のケーブルが槍の如く突き出される。金属の端子が、眼球を抉る。

 その瞬間―――――少年の絶叫が、静寂シジマの闇の中に甲高く響き渡った。

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