第二十七話 How do you like me now?
エドガー・ボウは元カチナドールだ。
今とは別の名前と戸籍を使っていた折には、ヒュペルボレオスの
エドガーが組み上げたのは、無線通信を傍受する為の受信機だ。
魔物の生態において鳴き声は意味を持たず、かと言って別段
しかし彼等は個々ではなく群れを成して活動し、組織だった作戦行動を取る。あまりにも奇怪な現象だ。しかし事実とは案外単純なもので、その秘密の正体は極めて明解であった。
即ち、電報である。
一定波形の電波を発信し、その
通常の生物のソレとは似て非なる、半機械故の特性である。
エドガーが用意した機器は、魔物達の通信を盗聴する為のもの。更にはカルティエが
ともすれば特別な技術が必要な難事のように思えるが、たった今エドガーがやっているように、如何に魔物が送受信する電波といえど、それを傍受する機材を用意すること自体はそう難しいことではない。
―――場所に電波塔を選んだのにも理由がある。
魔物の体はその半分が機械で出来ているが、しかしその体構造は広範囲に電波を送信することに向いていない。元よりそれを行うには、大掛かりな専門の設備が必須である。ともすれば、目標が何らかの形で電波を中継・増幅する地上の機構を利用していると考えるのが妥当だ。
よって、魔物の王はヒュペルボレオスに点在する電波塔のいずれかを中継局としている可能性が高い。そう考え、エドガーは最も手近な位置にあった電波塔に陣取った。当然、
既に準備はつつがなく完了していた。
重要なのはここからだ、とエドガーは無意識的に歯を食いしばり、
ヘッドホンから微量に流れるノイズ音が
エドガーは慎重に機器のツマミを捻る。
少しずつ、周波数が同調していく。そして次の瞬間、
―――はいいいるる! ぶぶふあららららららおおおおぶぶぶだくぐぐねすす!
―――はいいいるる! なななるあいららららるるるるあああらっららぽてい!
それは、魔物が発する電信を音に変換したものだ。
紛れもなく、それは言葉だった。しかし、
ただただ、
度し難いほどの生理的な嫌悪感が、鼓膜を経由して脳髄を犯す。ぞくりと背筋が粟立つ。全身の至る所から冷や汗が滲み、頭の芯が凍てつくように痺れた。
時に人は意味もなく恐怖を感じることがある。
断末魔に似た獣の声、伝染病を想起させる
今エドガーが感じているのは、まさしくソレである。
レナータの死の歌とは趣こそ異なれど、本質的には同様のもの。死を想う、故に怖れる。本能が警鐘を鳴らして忌避する、文字通りの魔の声だ。
諜報活動や対反乱作戦等を主任務とする
無論、その原因の多くは魔物や青空教会との戦闘行動で負った死傷にある。ただし、それは必ずしも他殺によるものではなかった。
狂気は伝染する。
狂った魔物の声や青空教会の主張を聴き続けた者は、その狂気に引き摺られて正気を失う。そうなれば辿る道は破滅のみだ。精神を病んだ結果マニトゥに都合退職を言い渡された後、隔離病棟で余生を過ごす者も少なくなく、中には手酷く錯乱した末に仲間諸共壮大に心中する者もいる程だ。
エドガーのように、狂う前に離職を決意できた者は少ない。
―――くううううるるふとうぐん! なるあいららららるああらっららつがあ!
―――くううううるるふとうぐん! なるあいららららるああらっららつがあ!
死の呼び声が聞こえる。
ヒュペルボレオスに集った幾千幾万の魔物共が発する
癒着した古傷に刃を入れ、暴くような。そんな悍ましい手触りを脳が錯覚する。
―――しやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆしやめつしゆ―――
それは喝采だった。
万来の喝采が聞こえる。
死を讃える歌声だ。
視界の端に映る灰色の空が、
(落ち着け、落ち着け、落ち着け)
強く歯噛みし、心の中で何度も唱える。
今すぐにヘッドホンを放り捨てて、訳の分からないことを喚きながら駆けずり回りたくなる衝動を理性によって押し殺す。早鐘を打つ心臓を懸命に抑えつつ、しかし甚く手慣れた調子でエドガーは注意深く音の一つ一つを聞き分ける。
現在、受信機は全ての魔物が発する
明らかに常人には不可能な技である。
統計を取ったとして、全人類の内、一体何人が狂せずにこなせるだろうかと途方に暮れるほどの。
終わりが来るとは思えない、拷問めいた作業だ。けれど開けない夜はないのと同じように、終幕の時はあっさりと訪れる。
狂宴めいた魔の声がうねる合唱の嵐の中、不意に知性的な声が耳を打った。
―――いあ ■■■■! ぱな うぃっち さりとお!
やはり、その言葉の意味は理解できなかったのだけれども。
なにはともあれ―――
「―――
振るい分けに成功するや否や、即座に逆探知を実行。発信元をXYZの座標に変換して、機器に出力させる。
受信機と接続した携帯端末の画面に視線を落とす。
そこに表示された文字列の意味を理解し、エドガーは口端を歪めて不敵に笑った。
「位置は――ビンゴ、ここの真上か!」
半ば反射的に頭上を仰ぐ。
先程までの様子とは打って変わって、その口元には口笛でも吹きそうなほどに
エドガーは携帯端末を操作し、得た情報をシャーロットの端末へ転送する。直後、彼は耳を覆っていたヘッドホンを乱暴に放り捨てた。そして腕に抱えていた『ヘクセンハウス』を構え直し、折り畳まれていた機構を展開する。
下部のパーツをスライドさせ手元に引き、留め金を外す。すると発条仕掛けのように内部から勢いよく銃身が飛び出し、その反対側からは
携行性に優れた形態から一転して、全長二メートル強の凶悪な兵器が屹立する。
コッキングレバーを引き弾いて初弾を送り込み、エドガーはその場に仰向けに寝転がった。そして注意深く
然して、ソレは直ぐに見つかった。
その
円形にくり抜かれた視界の端を、巨大な影が掠める。その大きさはあまりにも異様だった。全貌を捉えることすら難しい。まるでその個体だけが数百メートル手前にいるのではないか、と思わず錯覚してしまうほどだ。
他の魔物との高低差を比較することで、狂いそうになる距離感を補正する。
改めて観察してみれば、初見の印象ほど大きくはない。しかしその体躯は他の魔物の全長を優に二回りほども上回っていた。
縦横無尽に灰色の空を飛び交っている他の小さな影達とは違って、ソレは不動だった。あたかも飛行船のように空中で制止している。空を背景に、堂々と天上に君臨する姿からは紛れもない王の威厳が感じられた。
魔物の王、その威容。
他の魔物達が皆一様に翼竜に近い姿をしているのに対して、ソレはより鳥らしい
鋭利な猛禽とは異なる、堂々とした優雅な佇まいに見入る。
巨体――その身を鎧う装甲の隙間を埋める肉からは、滑らかな光沢を湛える薄い板金で形作られた羽毛がびっしりと生えている。顔部には湾曲した長い
一ツ目、一本足の異形。
王冠を戴いた黒い水鳥。
何人であれ触れることの出来ない、恐れずにはいられない、有機と無機が結合し出生した怪物共の首領。その体貌を――照星の中心に据える。
彼我の距離は三千メートル余り。
王は未だ、自らの存在が露呈したことを察知していない。
仕掛ける機会は、今を措いて他にないだろう。
「―――――」
呼吸を止めて引鉄を絞る。
選択された
吐き出される弾丸。
排出される空薬莢。
爆ぜる炸薬に揺さぶられ、マズルブレーキから噴煙が溢れ出す。一発毎に銃身が激震し、衝撃を吸収すべく、あたかもピストン機構めいて往復運動を繰り返した。
数秒の内に、弾倉に込められていた十二発の弾丸を撃ち尽くす。最初の三発はあえなく空を切るのみだったが、残りの九発は悉く命中した。しかしそのいずれもが致命傷を与えるには至らない。内七割ほどが堅牢な装甲に弾かれ、意味もなく火花を散らすのみに留まった。
まともに傷を付けるに至ったのは、たったの三発のみ。
けれど――そんなことは想定内だ。そもそも元よりエドガーは、こんな豆鉄砲であの魔物の王を仕留められるなどとは露ほども考えていないのだから。
重要なのは対象の
―――――GIIIYYYYEAAAAAAAAAHHHH!
魔物の王が、けたたましく絶叫する。
胸部を二発、左翼手を一発、計三発の弾丸が王の体躯を貫いている。装甲を擦り抜け肉を穿った銃創から、爆炎と共に黒い体液が勢いよく噴き出した。それによって、魔物の王の体が
―――巨大な機械が空を飛ぶためには、二つの方法がある。
一つは翼を付け、絶え間なく高速で前進し続けること。そしてもう一つは、自身の体重の比重を空気よりも軽くすることだ。
一般には前者の方式を採用したものを航空機、後者の方式を採用したものを飛行船として分類する。
その点でいえば、魔物の王の体構造は飛行船に近い。他と隔絶した巨躯も、肉で形作られた
エドガーが射抜いたのは、魔物の王に備わる気嚢の中でも最も大きな胸部の空気袋だ。これが破損してしまった今、空の王者はその地位の失墜を免れない。
王が、墜落する。
けれど当然、それだけではマニトゥの指令を達成したことにはならない。たとえ地を這うこととなろうとも、王は王。其が存命である限り、魔物共の狂宴が終わることは決してないのだ。
事態の収束には、あと一手足りない。
しかしエドガーに王を追撃する意思は微塵もなかった。空になった弾倉を新しいものに交換こそしたものの、しかしその銃口は明後日の方向を向いている。
「さて、と。あとは頼んだぜ、
軽口めいて、エドガーが独りうそぶく。
『ヘクセンハウス』の
「
シャーロットは左手を真っ直ぐに掲げている。
五指を揃えた腕が指しているのは宙空――つまりは、魔物の王がこれから辿るであろう
それを予見して、狙いを定めている。
彼我の間合いは直線距離にして四千メートル。実行すべきは、これを絶無にする縮地の
当然、主に追従する黒い液体生物もまた、象った形態は弓のソレに近いものとなる。
「
アシュトンはシャーロットの右腕を這い、ずぶりと一瞬にして取り込むと、その点を中心に流動し矢を模した姿へ変じる。出来上がるのは破城槌さながらの剛矢だ。もしそれが相応の力で以って発射されたなら、高層ビルの一つや二つを貫く程度のことは容易だろうし、真っ二つに圧し折ることすら難しくはあるまい。
その大破壊を成功せしめる発射装置は―――
黒い液体生物の矢筈にあたる部分が不意にくびれ、猛烈な勢いで尾を引いて宙を奔る。
爆ぜるような勢いで飛び出した幾本もの触手――その主な行先は、シャーロットの
それは
臂を地面に、その他の部品を液体生物で代替して築き上げた、歪で巨大な弩。そんな馬鹿げた代物がそこにあった。
玉虫色に輝く弦が張り詰め、街を軋ませ歪ませる。
潮騒の高まりは最高に達し、やがて半瞬も掛からぬ内に時は訪れた。
「
引鉄を絞る。撃鉄を落とす。
固く握られていたシャーロットの右拳が開く。それを合図に、斯くして剛矢は
弾ける弦のうねりは音を置き去りにし、衝撃波がもたらす大破壊をその場に深く刻み込む。
時速二百五十キロ余りで撃ち出された超質量の
それにへばりついたシャーロットが、歓喜の雄叫びを肺腑から吐き出しながら空を駆ける。
物理法則において、速度と重量の大きさはそのまま破壊力の高さに直結する。矢は射線を塞ぐ魔物の群れや、幾つかの高層ビルの壁面を掠めたが、それで猛進に影響が出る訳などあろう筈もなく。その悉くが紙細工も同然に捩じれ吹き飛ばされた。
しかし、快進撃は長くは続かない。
この世の万物は物理法則の隷属下にある。何者であろうと、必ず
打ち上げられた矢が、失速する。
あともう少しで魔物の王に届く――というところで、シャーロットは間抜けにも墜落するだろう。しかし、そんな
立て続けに三度、『ヘクセンハウス』が火を噴いた。
狙う先はシャーロットの進路上――その上方。悠々と旋回する魔物の胸部である。放たれた三発の弾丸はその全てが命中し、薄い装甲を穿ち貫いて彼等の生命活動を停止させた。
仲良く横並びでひっくり返り、落ちていく三体の魔物。
「―――――」
「―――――」
言葉を交わさずとも、エドガーとシャーロットは互いの思惑を理解していた。
矢と化した液体生物が、目前に落下してきた魔物の死骸をこれ幸いにと刺し貫く。そして鏃の後部を伸ばし、大きな鉤爪状に変形させた。
「アシュトン!
主からの命令を受け取り、粘液の猟犬が動き出す。
アシュトンは魔物の死骸を刺し貫いたまま、シャーロットごと自らの体躯を全力で捩じり回した。重りと自重に振り回され、射出された勢いのまま、空中で独楽の如く高速回転する。
「YIPPEEEE――
タイミングを計って重石を留める鉤爪を解除。
戒めを解かれた魔物の死骸は下方へと落下し、反対にシャーロットは遠心力の暴威によって上方へと再度加速する―――!
馬脚を露わした魔物の王――その最初にして、唯一の隙。
態勢を立て直せず落下することしかできない最高の好機。
その瞬間に、シャーロットは間に合った。
地上まで残り五百メートルほどもあろうかという所で、錐揉みに墜落している魔物の王の喉笛に指を掛ける。人の腕を模して変化したアシュトンが、分厚い五指でその巨躯を鷲掴みにしていた。
後は仕留めるだけである。
(―――何をするつもりなんだ?)
困惑し、エドガーが眉をひそめた。
先程の戦闘を思い返すに、殺すだけならば空中でも可能だろうとエドガーは疑問に思う。液体生物で刺し貫くなり何なり、好きに料理できる筈だ。しかし当のシャーロットにその様子はない。
彼女はアシュトンを用いて生やした二本の巨腕で、魔物の王の首と足を鷲掴みにして、何故か高速で回っている。
「…………」
何か、ひどく嫌な予感がした。
エドガーの背筋を冷汗が滑り落ちる。心臓を暴れ狂わせる悪寒を噛み殺しながら、彼はこれから身に降りかかるであろう災いを直感的に察知した。
まさか―――
「―――オイオイオイ! ウソだろ!? 何考えてやがんだあの馬鹿娘はッ!」
血相を変えて口汚く罵りながら、エドガーは腕に抱えていた銃を放り捨てた。そして即座に身を起こすと、鉄骨の隙間から屋外へと全力で
まるで曲芸のように、等間隔で配置された鉄骨を足場にして迅速に飛び降りていく。そうして二十メートルほど駆け下った所で、今度は手近な位置に生えていた高層ビルの屋上へ跳んだ。そして更に二つ三つと、隣の建物の屋上を渡る。
高度なパルクールを成し遂げた余韻も冷めぬ内に、エドガーは背後を振り返った。
「How do you like me now―――――!」
その雄叫びは、確かにエドガーの耳に届いていた。
魔物の王を捕縛したシャーロットが落ちていくその先には――先程までエドガーが陣取っていた電波塔があった。
鉄骨で編まれた尖塔の鋭い先端と、接触する。
その瞬間、とても嫌な音がヒュペルボレオス中に響き渡った。
鉄と肉がひしゃげる。押し曲げられ、突き刺さる。
魔物の王が死んでいた。
土手っ腹をぐっさりと串刺しにされ、魔物の王が死んでいた。
「……世界の終わりみたいな有り様だな」
何処か感慨深げに、エドガーが呟く。
それから一秒と間を置かずに、エドガーの傍らに黒い球体が飛来した。球体はゴム鞠のように弾み、ぱしゃりと解ける。すると中からシャーロットが現れた。
どうやら、魔物の王を突き刺した際の衝撃で吹き飛ばされてきたらしい。
「―――すたっ!
着地と同時にそんなことを言うシャーロット。その足元で蹲るアシュトン。
愉快気に笑い相棒を労う彼女とは裏腹に、最早溜息すら出てこないエドガーなのであった。
「……なんつーか、無茶苦茶にも程があるな。
「うーん、当たらずとも遠からず、かな? 我々は汎用人型決戦兵器っぽいアレであるからして。魔物を千切っては投げ、千切っては投げるくらいのことなら造作もないのです!」
「よく言う。俺の補佐がなけりゃ倒せなかっただろ、アレ」
「私はお兄ちゃんほど戦闘向きのツクリはしてないからねー。実際、エドガーさんの補佐がなかったら倒せなったよ。よっ、ナイスアシスト!」
朗らかに笑って、シャーロットはエドガーの背を叩いた。
彼女の気安い仕草とは別のところで、エドガーは神妙な顔をする。
「……となると、アランちゃんはお前さんより強いワケか」
「うん! えっとねー……そうだなぁ。まずは基準として、『走れば弾丸より速くて、力は機関車より強く、高いビルもひとっ飛び!』なくらい鍛えて、スーパーな全身タイツとマントとブーツを装備したエドガーさんの戦闘力を一とするでしょ?」
「―――待ってくれ、なんだよその前提! 流石にその設定で戦闘力一はおかしいと思うぞ!」
青と赤のぴっちりとしたコスチュームを纏った己の姿が一瞬脳裏を過り、思わずエドガーが口を挟む。しかしシャーロットは顎に指先を当てたまま塾考し、彼の訴えを黙殺した。
「それで私の戦闘力が百くらいで、お兄ちゃんの戦闘力は……五十三万!」
「ええ!? 『走れば弾丸より速くて、力は機関車より強く、高いビルもひとっ飛び!』なくらい鍛えた俺が五十三万人分だって!? っていうか一気に桁が飛んだなオイ!?」
「しかも更にあと二回の変身も残しています!」
「………………………やっぱり人間じゃないな」
溜息を零し、エドガーは懐に手を入れた。
煙草を取り出し、慣れた動作で口に銜えて火を着ける。甘い香りの紫煙を深く吸い込み、吐き出した。
空模様は大きく変化していた。
ヒュペルボレオスに立ち込めていた黒雲は、その半分が既に消失していた。統率者を失ったことで魔物達の興奮は冷め、そのまま恐慌状態に陥り、王を討つほどの脅威に恐れをなして混乱のまま飛び去って行く。
任務は終わった。
灰色の空と、電波塔に突き刺さった異形の骸を眺めながら、一仕事終えた余韻に浸る。胸中に沸く一粒の達成感が紫煙と共に肺腑に満ちる、懐かしい感触が全身に浸透した。
「…………」
そんなエドガーの横顔を、シャーロットが見上げている。
「なんだ?」
「えへへ……やっぱり、エドガーさんはお父さんみたい。なんだか、くたびれ方がかっこいいから」
「そいつはどうも。惚れんなよ」
苦笑交じりに軽口を叩き、それから再び空を仰ぎ見る。
この空は灰色だ。決して、青くはない。―――今は、まだ。
「……勝つかな。アランちゃんは」
独り言めいた呟きがエドガーの口から零れる。シャーロットは律儀にも、それに首肯を返した。
「うん。お兄ちゃんは必ず勝つよ。それで、私のところに戻ってくるの。今までそうだったんだから、これからもそうだよ」
屈託なく笑って、シャーロットは言い切った。
その言葉に両手放しで賛同し、気安く鵜呑みにすることはできない。けれど否定することはせず、エドガーは「そうか」とだけ頷いた。
彼はポケットから取り出した携帯灰皿で煙草を揉み消すと、踵を返して歩き出す。
「―――行くぞ。ここは冷える。先に家に帰って、二人の帰りを待っていよう」
「うん! 行こう、アシュトン!」
―――TEKELi-Li!
元気よく頷くと、シャーロットは駆け出した。アシュトンが続く。そして彼女等はエドガーに追いつくと、隣を並んで歩き、共にその場を後にした。
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