第十話 玉虫色の家族

「―――中身がありませんね」

「はひっ!?」

 情熱をかけた意気込みを一言で斬って捨てられ、カルティエはあえなく撃沈した。

「うぅ……た、確かに軽率な発言だったと取られても仕方ないと思います。付き合いも浅いですし。でも流石の私も、何の根拠もなしにこんなことを言ったりするほど無神経ではないというか……」

 肩を落として両手の指先を擦り合わせ、すっかり気落ちした様子でカルティエがボソボソと呟いている。しかしそれ等の一切を意図的に無視して、アランはバイクに近寄った。

 表面を覆う黒い外装を手の甲で軽く叩く。反響する音はあまりにも

「いいえ、バイクの話ですよ」

 シャーロットそっくりの向日葵のような笑みを浮かべて、アランは振り返った。

「この車種は以前にも見たことがあります……が、似てるのは外側だけのようですね。色々と大改造が施されているようですが、肝心の心臓だけ見当たらないのが気になったもので。蒸気機関スチーム・エンジンはまだ積んでいないのですか?」

「へっ? あぁ、はい。それがまだ開発段階でして……。趣味の一環でちょっと、永久蒸気機関クルーシュチャ・エンジンの小型化をやっているのですけど」

「そんな難事をさらりと言ってのける辺りは流石ですね」

 偉大なる一族クルーシュチャの名に能う全てを持っていると、カルティエは言った。それはまさに真実なのだろうとアランは確信する。

 永久蒸気機関クルーシュチャ・エンジン未開技術ブラックボックスの塊だ。

 設計図は残されておらず、あるのはヒュペルボレオスの地底深くに安置された現物のみ。しかもどのような物理的接触アプローチを試みても決して解析することができない、摩訶不思議な謎の物体である。

 当時の科学水準では到底開発不可能な、人類史上最高位のオーパーツ。

 その事実は星暦が始まって以来覆った試しがない。だがこれを造った男の末裔達は、その神域とでも呼ぶべき叡智に幾度も指をかけてきたのだ。

 クルーシュチャ方程式。

 永久機関を製造する上で、必ず欠かせない要素である。

「まあ、こればかりは先天的形質といいますか。そういうものとしか言いようがありませんので」

 そう言って、カルティエは悩まし気に首を傾げる。その貌には、まるで理解できないのがとでもいうような、無暗な実感の薄さが如実に表れていた。

 天才と凡人では、そもそも脳の構造そのものが異なる場合があるという。

 複数の五感を同時に使い、特定の事象に対して固有の認識を持つ共感覚はその筆頭だ。彼等は数や文字、果ては音や時間単位にまで色彩があるように視えるのだと主張する。あるいは人を直視した場合、個別に独特の触感や匂いを覚えるとか。

 そしてそれ以外にも、精神疾患に該当するような持病を抱えた天才は歴史上に数多く実在したという。

 偉大なる一族クルーシュチャもその一つである。

 カルティエとそれ以外の人間とでは、文字通りのだ。

「―――私達は四次元以上の空間を直視し、認識できる。永久機関を構築するのに必要な方程式の――。応用によっては未来予知の真似事も出来ますし。見え方についてはこう……玉虫色の泡みたいな感じというか、それ以上は感覚的なものなのでなんとも。少なくとも、図面に書き起こせるものではありませんね」

 言いながらうねうねと、をなぞるようにカルティエは指先を動かす。それが何を指したものか、当然ながらアランには理解できなかった。

 その血族は、常人には理解できない世界を知覚する。

 最高位の碩学、チャールズ・B・クルーシュチャに迫る逸材達。彼等はその神域まで逸脱した頭脳と異端的科学力で以って、文明の利器を生み出し続ける。故に――偉大なる一族と、そう呼び讃えられているのだ。

 ホァン・ガウトーロンがヴュアルネ・クルーシュチャを欲したのも、あるいはその奇異な特性を取り込むのが目当てだったのかもしれない。

 事実、暴力による手段でしか資金繰り出来なかった彼等が、ヴュアルネの参入を契機に今では独自製品を取り扱う一大企業の長となっているのだから相当だ。


 胎動卿。


 それはヒュペルボレオスの国政を取り仕切る、枢機卿や内務卿と同等の肩書きである。

 機械工学に新たな可能性を生み出し、物言わぬ無機物に命を吹き込む――即ち、ヒューマノイド技術の完成。その偉業を身重の体で成し遂げたが故に、ヴュアルネ・クルーシュチャを指して人々はその呼び名を口にするのだ。

「……そのバイク、本当は明日までに完成させたかったのですけれどね。部品の発注が先方の都合で遅れていて、まだ未完成なんです。……知っていますか? 例年通りなら、明日には建国以来毎年あった祭事があります。そのイベントの一環として極小型航空機コンテストというものがあって、私はそれに参加する予定だったのですけれど」

「ああ、それなら聞いています。バルーンを使う飛行船ではなく、旧暦時代には一般的だった飛行機をどれだけ小型化した上で一定距離飛行できるか――というものですよね。ただ、明日は開催されず機体の展示のみになるとか。まあ飛び降り自殺があれだけあった後ですから、自殺志願者パイロットの意図的な墜死を防ぐためにも、飛んだり落ちたりが当たり前の競技に規制がかかるのは仕方がありませんよね。残念です。……って、うん?」

 そこまで言って、アランははたと気付く。

「……まさか、が?」

「はい。ETよろしく、二輪車で空を飛ぶ――予定でした」

 答えて、カルティエはがっくりと項垂れた。

 その姿を見て、アランは本心から殊更残念に思う。このバイクならば、本当に空を飛べただろうに――と。

 現在、一般的な車やバイクに搭載されているエンジンはカルティエの先祖が造り上げた小型の永久蒸気機関クルーシュチャ・エンジンである。

 例によってその構造は未知数だが、開発者自ら設計図と製造機械、メンテナンス方法を用意したために一応は量産が可能である。そのために、物理的に損傷しない限りは永続的な走行が可能だ。

 ならばその永久機関を埋め込めば、どんな機械類でも十全な仕事を永久に持続させることができるのか? ―――答えは否である。

 永遠に動き続け、無限に電気を生成することができる。その性能スペックそのものに偽りはない。しかしそれは長期的な目線で見た場合の話だ。一度に生成できるエネルギー量には限度があるため、車を走らせる分には問題なくとも、航空機を飛ばすにはあまりに出力不足となるのである。

 より膨大なエネルギーを生み出すためには、永久蒸気機関クルーシュチャ・エンジンそのものを大きくして馬力を上げる他ない。故にコンテストという形で最小を競うのだ。

 現状での最高記録は、十五メートル四十一センチ。

 これが内燃機関を積載する上での限界値である。しかしもし、カルティエの発明品バイクが本当に飛翔可能であるというのなら――それはまさしく、あらゆる意味での偉業として人類史にその名を刻むこととなるだろう。

「まあ、お披露目は来年になりそうですね。―――……ところで、以前にこの車種を見たことがあるとのことですが、それは一体どういった経緯で? まさかバイクに興味が?」

 先程までの気落ちした様子とは一変して、カルティエはお気に入りの玩具をチラつかされた子犬のような表情でアランに迫った。

 あまりの勢いに気圧されアランは目を丸くするが、すぐに立ち直る。

「ええ、まあ。これでも一応、大型バイクの免許証は持っていますから。興味はあります。それにこの車種は、私の先生が乗っていたのと同じものだったので」

 懐かしむように目を細めて、アランは答えた。

 ちなみに、能力至上主義のヒュペルボレオスでは十分な技能さえあると判断された場合、年齢に関係なく大抵の資格は取得できる仕組みとなっている。

「ほぅ、それはそれは……その方は今どちらに?」

「燃える髑髏が特徴的な復讐の精霊として悪と戦っています」

「マジですか!?」

「冗談です。……さて、今はどこにいるのやら。喧嘩別れをしてそれっきりなので、居場所すらよく分かりません」

 悪戯っぽく笑って告げるが、しかしその眼はどこか虚ろに濁っていた。

 先程までの体裁を整えた仮面の如き様相とは、明らかに異なっている。かげりを感じさせるその表情には、寂しさと諦観が透けて見えた。

「―――……っ」

 カルティエは何かを言おうとして、しかしそれは形にならなかった。

 励ましの言葉。あるいは捜索を買って出るという約束。具体的な案として思いつくのはそれくらいだが、けれど前者は友人すら碌にいない彼女が何を言った所で不毛だし、後者に関しては大きなお世話でしかないだろう。

 何かをしたい。してあげたい。その切なる思いは胸中を満たし、繊細な心を水底に沈めてしまう。その葛藤が生み出す圧力は時が過ぎる毎に高まり、やがてぺしゃんこに潰してしまうに違いなかった。

 文字通り、暗い海底へと飲み込まれるように。

「―――――……あの娘と同じ、か」

 不意に、ぽつりとアランが零した。

 俯きがちだったカルティエの視線が、ハッと上げられる。その先にある炎のように赤い瞳は、優し気な光を湛えていた。

「……えっ?」

「ところで、これは何です?」

 ぽかんと口を開けて呆けるカルティエ。

 それはどういう意味かと問うてくる少女の視線を黙殺して、アランは何処かとぼけたように言いながら、バイクのハンドル部に設えられたボタンを押す。すると側面の黒い外装が展開し、内部機構を露出させた。

 がしゃりと音がして、両側面から一本ずつ棒状の物体が生える。アランは手近な方を掴み取り、引きずり出した。

 ―――それは、明らかに銃器だった。

 けれどそのシルエットは異形そのものだ。見かけは自動式オートマチック猟銃ライフルに近しいが、銃口の内径は優に三十ミリを超えている。その上銃身から生える黒い箱型弾倉ボックスマガジンは分厚く、異様に大きかった。

 銘だろうか、銃身バレルの側面には小さく『シュネッケ』と刻まれている。

 残るもう一つの銃器には、『翁』と銘が打たれていた。

「は――いやあの、それはですね!? 最新のコーヒー沸かし機、いや違う、カキ氷を造る機械で!」

「口径に対して銃身が短いな……ああ、なるほど。グレネードランチャーなのか」

「ちょっと待って! 私の話を聞いてください!」

 カルティエの言を半ば無視し、アランは弾倉を外して中身に目を向ける。そこに入っていたのは榴弾だ。

 見た目は鉛でくるまれた普通の弾丸に見える。しかしその大きさスケールは明らかに常軌を逸していた。

 直径三十ミリの鉛の下には、みっしりと火薬と鉄針が詰められているのだろう。言わば弾丸の一つ一つが小型の爆弾なのだ。人間相手に撃てば体内で炸裂し、原型すら留めない挽肉に変えるであろうことは想像に容易い。

 その恐ろしい凶器が、合計で十六発も装填されていた。

 ちなみにヒュペルボレオスの法律上、民間人の銃器所持はご法度である。

「とにかく早く戻して! 戻してください!」

「うわぁ、フルオートとセミオートの切り替えまで出来るのかコレ」

「うわぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!」

 カルティエは顔を真っ赤にして銃を取り返そうとするが、アランは白々しい表情で無視する。その上、取り返そうと必死に手を伸ばすカルティエを片手で制して妨害すらした。

「とんだゲテモノだな。この分だと銃本体だけじゃない、弾も自家製って所か。当たってる?」

「あっ――当たってます、けど。……その、これは外側だけのレプリカでして本物ではなくてですね! ほら! サバイバルゲームとかする用のアレなんです!」

「君にそんな友達がいるのか?」

「いえ嘘つきましたごめんなさい―――いや! そうではなく!」

 アランの巧みな精神攻撃に屈しかけるが、どうにかしてカルティエは踏ん張る。

「まあ、君がそういうならにしておこう。この部屋はどうにも火薬臭く感じるが……それもきっと俺の気のせいだろう?」

「……ッ! いいえ、貴方の考えている通りです。私はここで銃器類の試作を行っていた。ですが、これだけは信じて欲しい。私は母とは違い、ここにある銃砲火器を犯罪組織トライアドに流したことは一度もありません」

「ああ、そうだろうな」

「信じて貰えないかもしれませんが―――って、あれ?」

 不思議そうに、そしてどこか怯えた風に、カルティエは首を傾げる。

?」

「もちろん。アカデミーで学ぶのは軍事そのものだからな、銃器やらの扱いは必修だ。それに製造が可能であるのなら、オリジナルの武器の所持も認められている。些かフライング気味なのは否めないが、ことさら不思議がることでもないだろう」

「それは、そうなのですが……」

 力なく言葉尻がしぼむ。その裏には不信感にも似た響きが見え隠れしていた。

 その原因はアランではなく、全てカルティエの身の上にある。これまでの不遇な人生が、不幸な出生の真相が、彼女にそう疑わせるのだ。

 幼少期に親から満足に愛情を注がれずに育った人間の人格は、ひどく無感動な場合が多いという。それは人間という生き物が、感情面においても零から一を、無から有を生み出せる感受性を持ち合わせていないからだ。

 人は根本的に、他人の心理が理解できない。

 故に脳は自己の内部にある判断材料を掻き集め、相手に対し『そう考えているに違いない』という虚像を押し付ける。無意識にそう考えることで、己の意識を未知なるものから防衛するのだ。

 心理学においては、この反応を投影という。

 相手が自分を卑小に見ていると思い込んでしまうのは、それは自分自身が己のことを卑屈に見ているからに他ならない。


 ―――実に、馬鹿馬鹿しい。


「何を疑っているんだか。君が俺とシャーロットの受け入れを受諾したように、こちらにも下宿先を選択する権利はあるんだ。君とボウ氏の経歴は概ね把握している。知った上でここに決めたんだ。実際、君はシャーロットと仲良くしていたじゃないか。あれを見て安心したよ」

 そのアランの言葉はあまりにも真摯で、カルティエは結局二の句を継げぬまま黙り込む。不意に横面を張られたかのように、彼女は硬直していた。

「あの娘は君を好いている。それは俺も似たようなものだ。君の料理は美味しかったし、素直な人柄も好感が持てる。バイクや銃を一から造れるっていうのは純粋にすごいと思うよ、俺は」

「―――――……」

 上辺や偽りのない、正しく本心からの言葉。その直撃を受けて、カルティエは呆然と立ち尽くす。

 慣れていないのだ。好意を向けられることに、褒められることに。

 理解はできても実感できない。誰にも承認されたことがないから、自分に自信が持てないのだ。だからカルティエには、アランが何を言っているのか本当に本心から

 シャーロットと二人で話した、先程のことを思い出す。

 あの時、自分はされるがままだった。嵐のような少女に振り回され、流されて、ここに来た。彼女の言葉は胸に打つものがあったが、。やはり自分だけでは、どうすればいいのか分からない。

 そんな自分に嫌気が差す。中身がない、と言われても仕方がない。少女が内心でそう落胆した時だった。

「君はどうなんだ、カルティエ」

「…………………………えっ?」

 そう問われてから漸く、カルティエの思考は再起動した。

 伏し目がちだった視線が上がる。少女は目の前の男性を直視して、自分が彼に何を望んでいるのか、改めて自覚した。

 自覚したが、それを出力する方法を知らない。

 けれどその方法は、アランが手ずから教えてくれた。

「悩まなくていい。俺と同じように『好きなこと』を語れよ、カルティエ。そうすれば自分も、誰かも、誰だって好きになれる。……好きになってくれるさ」

 その言葉は、カルティエの中に吹き溜まっていたものを決壊させた。

「わたし……私は、旧暦時代の機械や文化が好き、なんです。だから資料を基に、復元したり、改造したりして……このバイクやその銃も、その延長で……」

 ふつふつと、胸の奥から湧き上がる物がある。しかしそれを上手く言葉に出来ない。そのことをカルティエは苛立たしく思ったが、語りは止まらなかった。

「とても、ロマンがあると思うんです。私、アクション映画が大好きだから。ほら、映画のワンシーンにあるじゃないですか。銃のマガジンを敵に投げ付けて撃って、手榴弾の代わりにするとか。……あれを再現できないかと画策していて出来たのが、貴方が持っているその浪漫砲ゲテモノですよ」

「ああ、そういう意図だったのか。実際には通常の拳銃やライフルの弾倉を幾ら束ねた所で、手榴弾代わりに使うのは無理があるからな」

「はい、残念なことに。なので自作しました。まあ、物騒なのは否定できませんが……それでも、対用には有効な筈ですから。他にもいっぱいあるんです。これまで造ったもの、これから造りたいものが……いっぱい。一晩では語りつくせないくらいに」

 ふっと淡く微笑んで、カルティエは一度言葉を終える。

 暫しの沈黙が訪れる。その間に、少女は今日の出来事に思いを馳せた。


 ―――エドガー・ボウについて。


「……エドガーはまだ、私のことを恐れているようですが。なんだかんだ言って嫌われてはいないようですし、何よりこんな私に調子を合わせてくれます。軽口にものってくれますし。だから――まるで、年の離れた不器用な父と話しているように感じたりするんです」


 ―――シャーロット・ウィックについて。


「シャーロットちゃんはとても良い娘だと思います。元気で、明るくて。それに私を姉と慕ってくれました。たとえ冗談だったとしても、この上なく嬉しかった。私の料理を残さず全部美味しそうに食べてくれて、こんな私を好きだと言ってくれて、愛おしかった。だから――まるで、本当に妹が出来たように思えたのです」


 一つ一つの出来事を刻み込むように、数え、大切に胸の内へと仕舞い込む。そんな風に回想しながら、最後にカルティエは目前の赤い瞳を見上げる。

 導かれている――そう感じた。


 そして―――――アラン・ウィックについて。


「貴方はとても丁寧で、そつなくて、だからこそシャーロットちゃんにだけ向ける一面が眩しかった。私も彼女と同じように貴方と話したかった。それが、今は叶っている。叶うように導いてくれた。だから――こう考えずにはいられないのです。もしも私にこんな兄がいてくれたなら、と」


 そう告げて、カルティエは瞼の裏で夢想する。

 父と、妹と、兄に囲まれた生活。それはきっと、この世の何よりも幸せに違いないのだ。

 それを当たり前の幸福と捉える人間はどれだけいるのだろう。

 けれど実の父に放置され、母とは碌に面識すらなく、親族に煙たがられる彼女にとって――その一日は、これからの日々は、まさに良き夢のような出来事に違いなかった。


「私は、貴方達を―――――家族だと、そう思います」


 ―――ウチの店は俺とあいつら息子一家で切り盛りしてるからな。そこで働くとなりゃ、家族も同然ってもんだ―――


 瞬間、アランの脳裏にとある老人の笑みが過った。

 笑い皺を深くした愉快気な横顔と、目の前の泣きそうな少女の笑顔が重なる。

「私はこの縁を、家族を護りたい。だから命を懸けて貴方を、シャーロットちゃんを、エドガーを、皆を護る。……どうですか? 今度の私の言葉は。ちゃんと、はありますか?」

「ああ――確かに」

 懸命に挑発的に口角を上げて、カルティエが問う。それに対して、アランは実に満足げに頷いた。

「……むしろ言葉に中身がないのは、俺の方かも知れないな。ほとんどが、昔俺が言われたことの受け売りだから」

「ああ――もしかして、それが件の『喧嘩別れした先生』ですか?」

「そういう所は賢しいんだなぁ、君は。その通りだよ」

 そう言って、アランは降参を示すように飄々と両手を上げた。

「ふふふ……貴方に先生と慕われているのですから、きっと素晴らしい方だったのでしょうね」

「ああ。素晴らしい人――

 不意に、アランの瞳に昏い影が差す。

 喧嘩別れ――どのような理由があったのかは知れないが、二人の間には余程の溝が出来てらしい。

「アラン君……」

「―――さて、もうそろそろ良い時間だ。話ならこれからゆっくりすればいい。今日は寝て、明日の祭りに備えよう。皆で見て回る予定なのだろう?」

「う……そう、ですね。名残惜しいですが」

 軽く消沈した様子で、カルティエが頷く。その子供らしい幼さにアランは苦笑を浮かべつつ、ついと踵を返した。

「おやすみ、カルティエ」

「っ! はい! おやすみなさい!」

 ふらりと手を振って、アランは工房の出入り口へ向かう。カルティエは興奮の冷めきらぬ熱の篭った視線を向けて、アランの背中を見送った。

 タラップを昇る音、次いで扉の閉まる音が工房に反響する。その段階に至って初めて、カルティエは動いた。

「……あれ? なんで一緒に出て行かなかったんだ、私は?」

 心底解せぬというように顎に手を当て、首を傾げて不思議そうに呟く。何かとタイミングを逃してばかりのカルティエであった。

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