第7話 コンドーム
時々学校をさぼって、いつも一人でフラフラしている私は自分の将来がまったく見えないでいた。高校三年なのに、ちゃんと勉強もしていない。そんなに頭も良くない。親に頼るのは気持ち悪い。親の金で大学に行ったとして、卒業しても、ろくな企業に就職できない。すぐに辞めて、アルバイト生活に入る。今の生活とどう違うというのだろう。あいた時間に、遊びにいくのか。
でも、私はデマを流した人間なんだ。
とても良いことを歌う音楽や、文や、映画とかに、素直に感動できるのだろうか。だから、私には友達がいない……というか作りたくない。仲間は失うもの。大事なものはなくすもの。親も財布も友達も鍵もなくなるもの。最初から欲しがらなければ、なくすものは少ないだろう。でもなくなるなんて考えてない。本当になくなるなんて、聞いてない。言いたかった。聞いてないって。
それを誰に言えばいいのか、思いつかなかった。
――なんとか高校を卒業して、家にこもって、ただただゲームでもしたりして過ごすのかな……。大学全入時代だから、適当な大学でも入って、気ままな猫みたいな生活を送ろうかな。
私はぼんやりとそんなことを考えていた。
「またさぼったんだね」
サキの声に、私は「まあね」と言って頭を掻いた。
「ちっちゃくてかわいくて、子猫ちゃんみたい」と、サキは微笑んだ。
「昨日の日記、読んだよ」
サキはブログのなかで、よく私について触れていた。
『今日も学校をさぼって私の側にいてくれている子猫ちゃんがいます。名前はイチコというイチゴみたいな名前です。ちゃんと許可もらって日記に名前を公開させていただきました(笑)。イチコちゃんと呼んでます。ただし男子諸君、注意! 下手に話しかけると噛みつかれますよ。けれど私にはなぜかなついています。私が、大丈夫、この人は優しいよと紹介した人には少し心を許します』
私は別になついても、慕って側にいるわけでも、心を許したりした覚えもなかった。本名は
その日も、土曜日の授業をさぼって、京橋をぶらぶらしながら、いつも通り立体駐輪場前で夕食代わりのタコ焼きを食べていた。六月も半ばになり、半袖の人が増えていた。私は、何度か自分のスカートをつまんで、体の中に風を送った。
路上詩人の姿はなかった。いつものサキのシートの場所には、よれたTシャツを着た路上ギタリストの男が、蓋の開いたギターケースの後ろで新品のように磨かれたギターをかき鳴らしていた。枯れた声でゆずを熱唱している男を見て、サキの劣化版だとぼんやり思った。
「イチコちゃん」
突然声をかけられ振り返ると、いつものジーパンに白いシャツの姿でサキが立っていた。
「これから海に行かない? 新しい作品制作をしようと思って」
「海?」
私は、サキの顔から目が離せないでいた。
私に仕掛けてくるような目を、ずっと待っていた気がした。
ずっと待っていたんだ。
海で、たぶん、サキがすることは予想がついた。
ブログのネタのために、ヒントを得に行くのだ。しかも、東北の海じゃなくて、すぐにいける場所。きっとそうだ。
須磨海岸までJRで一時間だった。サキが交通費を二人分出してくれた。三時のおやつにちょっと高いタコ焼きをごちそうになりながら、電車を乗り継いでいった。
海辺は肌寒く、タンカーが遠く水平線の際に浮かんでいた。夏になれば、海水浴客で埋め尽くされる砂浜には人影がなく、裸足で気持ちよく歩けるような整備もされていなかった。海は近付けば近付くほど赤黒く、木っ端が所狭しと浮かんでいた。捨てられて伸びきったコンドームが、打ち上げられたクラゲの子どものようにあった。
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